旧日本軍による1941年12月の真珠湾攻撃後、ルーズベルト米大統領は日系人が日本軍に協力する危険性があると懸念を強め、42年2月に軍が特定地域の住民を隔離できるようにする大統領令に署名。約12万人の日系人らが全米10カ所以上の施設に強制収容された。戦後、不当な人種差別だったとの批判が高まり、レーガン政権下の88年、市民の自由法(強制収容補償法)が成立、米政府は「重大な誤り」と謝罪した。(コーディ共同)