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第15回東奥スポーツ賞

 第15回東奥スポーツ賞各賞の受賞者は、7個人1団体に決まった。東奥スポーツ大賞は青森県関係のプロ野球選手で初めて通算2千安打を達成した巨人の坂本勇人(はやと)さん(32)=兵庫県伊丹市出身、光星学院高(現・八戸学院光星高)出=に贈る。東奥スポーツ賞は▽今年1月、ノルディックスキー全日本選手権距離女子10キロフリーを制した土屋正恵さん(24)=弘果スキーレーシングクラブ(SRC)▽昨年12月、競泳日本選手権女子100メートルバタフライで頂点に立った相馬あいさん(23)=青森東高-中京大出、ミキハウス▽今年1月、全国高校総体スピードスケート男子1万メートルで1位、同5千メートルで2位と二つのメダルを獲得した橋本芳彦さん(18)=八戸西高3年▽昨年、陸上女子ハンマー投げで日本高校記録を3度樹立した村上来花(らいか)さん(17)=弘前実業高2年▽昨年10月、全国中学生陸上大会男子100メートルで優勝した水野琉之介(りゅうのすけ)さん(15)=青森・浦町中3年=に贈呈する。東奥スポーツ功労賞は▽JRA騎手として通算1767勝(うち日本ダービーなどGI12勝)を挙げ、調教師としても功績を残した柴田政人さん(72)=東北町出身▽北東北の剣士育成や剣道界の発展に長年尽力してきた三戸地方剣友会(工藤光行会長)に決まった。15日、青森市の東奥日報社で贈呈式を行う。

東奥スポーツ大賞
 ▼プロ野球 坂本勇人さん(光星出) - 内角打ち究め2千安打
東奥スポーツ賞
 ▼スキー距離 土屋正恵さん(弘果SRC) - 全日本制し世界視野
 ▼競泳 相馬あいさん(青東出) - 日本選手権 狙い通りV
 ▼スピードスケート 橋本芳彦さん(八西) - 1万メートル優勝で集大成
 ▼陸上ハンマー投げ 村上来花さん(弘実) - 驚異 3度の日本高校新
 ▼陸上男子100メートル 水野琉之介さん(浦町中) - 10秒87 念願の全国頂点
東奥スポーツ功労賞
 ▼中央競馬元騎手 柴田政人さん - GI12勝 普及に尽力
 ▼三戸地方剣友会 - 剣道通じ青少年育成

◆東奥スポーツ大賞

左翼線二塁打を放ち、通算2千安打を達成する坂本さん
巨人-ヤクルトの最終戦で通算2千安打を達成、記念のボードを掲げる坂本さん=2020年11月8日、東京ドーム

プロ野球 坂本勇人さん(光星出) - 内角打ち究め2千安打

 31歳10カ月。プロ野球史上、2番目の若さで偉業を成し遂げた。2020年11月8日。東京ドームで行われたヤクルト最終戦で左翼線二塁打を放ち、史上53人目となる通算2千安打の大台に乗せると、充実した笑顔を浮かべた。

 兵庫県伊丹市出身。八戸市で過ごした光星学院高の3年間で現在の礎を築いた。打撃指導に定評のあった当時の金沢成奉監督(54)=現・茨城県明秀学園日立監督=のもと、バットを振り続けた。甲子園出場は春夏通じて一度だけで、厳しい練習に一時は退部を考えたことも。それでも高2の夏の県大会決勝でバックスクリーンへ放った大きな本塁打がスカウトの目にとまり、巨人へ1巡目での入団が決まった。

 好打者を語る上で欠かせないのが、卓越した内角打ちだ。右打ちだがもともと左利き。故に左腕を軟らかく抜くようにして内側の厳しいコースをさばく技術は群を抜く。指名打者制のないセ・リーグに所属しているにもかかわらず、運動量が必要な遊撃のポジションを10年以上守りながら、年間150本を超えるハイペースで安打を量産。天性の才能と努力で打撃を究めたことをたたえる声は多い。

 円熟味を増す32歳は3000安打を見据える。その先にあるのは、張本勲さんが持つ日本記録(3085本)の更新だ。「ヒットを打ちたい気持ちは引退するまで変わらない。一本一本、やっていく」。新たな金字塔を打ち立てるため、球界の「顔」は突き進む。

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◆東奥スポーツ賞

1月の全日本選手権女子10キロフリーで優勝し、北京冬季五輪出場を目標に掲げる土屋さん=1月16日、大鰐町

スキー距離 土屋正恵さん(弘果SRC) - 全日本制し世界視野

 今年1月に新潟県十日町市で行われた全日本選手権の女子10キロフリーで優勝した。地元の岩手県から日大に進学、卒業後は青森県に拠点を移した。世界選手権(ドイツ・2月24日~3月7日)にも出場し、世界トップ選手と競い合っている。

 たまたま応援しに行った地元・岩手の国体予選を間近で見て選手に憧れ、小学3年生でスキーを始めた。安代中3年生で全国中学スキーの3キロクラシカルで3位に入賞。しかし盛岡南高2年生のシーズンの順位は2桁、時には3桁に落ち、伸び悩んだ。原因は貧血で、顧問の勧めで治療を受け、3年生では再び全国大会で入賞するまでに復調した。

 19年、練習体制が整う弘果(弘前市)に入社。事務や営業のサポートをしつつ、地方での合宿などスキー漬けの生活を送る。社員が大会の応援に駆けつけることも多く「少しでも頑張る姿を見せたい」と話す。

 次の目標は来年の北京冬季五輪に出場し、リレーで入賞すること。「(東奥スポーツ賞の)受賞は大変うれしく、光栄。スキーができることに感謝し、応援してもらえる選手になりたい」。見据える先は世界での活躍だ。

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競泳の日本選手権女子100メートルバタフライで優勝し、喜ぶ相馬さん=2020年12月6日、東京

競泳 相馬あいさん(青東出) - 日本選手権 狙い通りV

 「絶対に勝ってやろうと思った」。2020年12月6日、競泳の日本選手権女子100メートルバタフライで気迫に満ちたレースを展開し、狙い通り頂点をもぎ取った。同選手権を制したのは県勢として初めて。快挙に満面の笑みを浮かべた。

 家族の影響を受け3歳からスイミングスクールへ通った。造道小-造道中を卒業。青森東高でのインターハイ出場は一度だけで、決勝には遠く及ばなかった。

 転機となったのは中京大(愛知県)への進学だ。入学当初は自由形が専門だったものの、強化の一環として取り入れたバタフライでタイムが急速に伸びた。17、18年と国体で2年連続の優勝。パンパシフィック選手権やアジア大会など海外の大会も経験、精神的にもたくましくなった。

 身長168センチ。すらりと伸びた手脚が印象的な遅咲きのスイマーは「大学からでも速くなれる。自分の経験を通じ、多くの子どもたちに夢と希望を与えられたらうれしい」と話す。目標はもちろん、今年夏の東京五輪出場で「ぜひ決勝の舞台で戦いたい」。100メートルバタ、そして400メートルメドレーリレーの出場を目指して、選考を兼ねた4月の日本選手権(東京)に挑む。

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全国高校総体スピードスケート男子1万メートルで、13分42秒28で優勝した橋本さん=1月23日、長野市

スピードスケート 橋本芳彦さん(八西) - 1万メートル優勝で集大成

 1月の全国高校総体スケート競技選手権。スピードスケート男子1万メートルをトップで滑り切ると右手の拳を突き上げた。全国の距離別大会では初の優勝。5000メートルでも準優勝を果たし、3年間の集大成となる大会で大活躍を見せた。

 初めて氷に乗ったのは、3歳のころ。姉2人の影響を受け、物心ついたころには競技を始めていた。陸上でも長距離走が得意で持久力に自信があったため、中学時代に中長距離を専門とすることを決めた。

 高校では1年生から有望選手として期待された。だが、結果は思うように出せなかった。

 「苦しい1年だった」と振り返る昨季はタイムが伸びず、前回大会は5000メートル9位。悔しさから「自分に何が足りないか考えるようになった」。

 さらに今季、フォームを思い切って見直したことが奏功。1月の全日本ジュニア選手権では5000メートルで2位となった。心身の成長が実を結び、高校最後のシーズンで一気に注目を浴びる選手へと成長を遂げた。

 春からは法大に進み、競技を続ける。「1秒でもタイムを縮め、世界のトップ選手たちと戦える力を付けていきたい」。新たな舞台での飛躍を誓った。

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陸上高校女子ハンマー投げで日本高校記録を3度塗り替えた村上さん=2020年10月23日、広島市

陸上ハンマー投げ 村上来花さん(弘実) - 驚異 3度の日本高校新

 昨年、陸上の高校女子ハンマー投げで驚異のビッグスローを連発。日本高校記録を3度マークし、青森県だけでなく全国でも一躍注目を集める存在となった。

 弘前一中時代は短距離走が専門。陸上の名門である弘前実業高に進んで本格的に競技に取り組み、才能は花開く。高2で迎えた2020年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、優勝を目標としていた全国高校総体(インターハイ)は中止に追い込まれた。そのうっぷんを晴らすかのように8月の記録会(青森)で58メートル81をマーク。10月の日本選手権(新潟)で59メートル51、東北新人大会(岩手)では61メートル02をたたき出し、名前を広くとどろかせた。

 腕が長く、投てき向きの体格だ。「一を聞いて十を知る」と言われるほどのみ込みが早く、周りから「ハンマーの申し子」と呼ばれる。一流選手を教える大学の監督と出会い、刺激を受けたのも大きい。座右の銘は「負けないことより逃げないこと」。練習でも納得いくまで自分を追い込むなど心の成長も著しい。

 「誰にも超えられないような記録を出して、卒業したい」。高校生活最後の21年シーズン、目指すは日本記録の「67メートル77」だ。

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陸上の全国中学生大会男子100メートルで、10秒87で優勝した水野さん=2020年10月18日、横浜市・日産スタジアム

陸上男子100メートル 水野琉之介さん(浦町中) - 10秒87 念願の全国頂点

 昨年10月、横浜市で行われた陸上の全国中学生大会男子100メートル。10秒87のタイムで、同着ながらも念願の優勝を果たした。

 得意のスタートダッシュが決まった。中盤まで、並んで来る選手はいない。「いける」。そう思った瞬間、右隣のレーンの後方から追い上げてくる選手を感じた。じりじりと差を詰められる。ゴールに飛び込んだ後、勢いあまって転倒。長い判定の末に同着と判明した。

 「ここまで走れたのも彼のおかげ」。痛みを忘れ、もう一人の勝者の藤井清雅選手(千葉・君津)を笑顔でたたえた。2年前から藤井選手を意識して練習に励んできた。「相手の方が上」と割り切り、のびのびと走ったのが功を奏したのかもしれない。

 日本一になったのはこれだけではない。全国各地で行われる競技会の結果を持ち寄り順位を決める全日本中学生通信大会。9月に青森市内でつくった記録10秒77が、全国1位と認定された。2370人の頂点だった。

 結局昨年は10秒台を3度記録した。今は目標を10秒台前半に設定している。高校でのさらなる飛躍を誓っている。

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◆東奥スポーツ功労賞

悲願の日本ダービー制覇を果たし、ウイニングチケットの背で左手を高々と上げる柴田さん=1993年5月、東京競馬場(JRA提供)

中央競馬元騎手 柴田政人さん - GI12勝 普及に尽力

 1967(昭和42)年に中央競馬の騎手としてデビューし、28年間の現役生活で積み上げた勝利数は1767。このうち、最も格式が高いGIでは12勝を挙げ、大レースに欠かせない存在として多くの競馬ファンの記憶に刻まれている。

 特に感動を呼んだのが、ウイニングチケットに騎乗した93年の日本ダービー。同期のライバル岡部幸雄が騎乗するビワハヤヒデ、競馬界のスター武豊が騎乗するナリタタイシンの追撃を振り切って悲願のダービー制覇を果たすと、十数万人の大観衆が「マサト、マサト!」の大合唱。レース後のインタビューでは、「世界のホースマンに、ダービーを勝った柴田ですと伝えたい」との名言を残した。

 93~95年には、日本騎手クラブ会長を務め、自ら提案した「ファンと騎手の集い」の開催などを通じて競馬の普及に尽力。引退後は調教師となり、2012年の天皇賞・春を制した石橋脩(しゅう)騎手を育てるなど人材育成でも手腕を発揮した。

 19年に現場から身を引いたが、つながりの深い関係者との“義理”を重視するスタイルを最後まで貫き、「悔いなし」の競馬人生。その功績と精神は、競馬界に脈々と受け継がれる。

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大会開催に備えて準備を進める工藤さん(右端)ら関係者=2014年8月(三戸地方剣友会提供)

三戸地方剣友会 - 剣道通じ青少年育成

 昭和20年代後半、地域の剣道高段者らによって設立された。大人同士の稽古が目的だったが、青少年の健全育成の一環として、少年剣道の指導・普及にも徐々に力を入れ始めた。

 普及活動は熱を帯び、1956(昭和31)年には旧南部町で第1回北奥羽少年剣道大会を開催。戦後、占領軍による剣道の禁止が解かれて以来、県内で最も早く始まった少年剣道大会の一つとして、青森県や岩手、秋田各県の剣道の振興に寄与してきた。

 第1回は中学生男子の部だけだったが、第2回から小学生の部、第16回から中学生女子の部を新設。2015(平成27)年開催の第60回から小学生低学年(1~4年)の部も設けた。

 大会は毎年8月上旬、南部町民体育館で開催。三戸地方剣友会、南部町教育委員会、東奥日報社が共催し、南部町剣道協会と三戸ロータリークラブが主管として運営に携わる。

 三戸地方剣友会第3代会長の工藤光行さん(73)=南部町=は小中学生時代に選手として同大会に出場、1976(昭和51)年から大会運営に関わっている。「今後も剣道を通して子どもたちを育てたい」と言葉に力を込めた。

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