第70回東奥賞

 東奥日報社が文化、芸術、産業など各分野で傑出した業績を挙げた個人・団体を顕彰する第70回東奥賞の受賞者が決まった。世界三大バレエコンクールの一つ、モスクワ国際バレエコンクール・男性シニア部門デュエットで1位に輝いたバレエダンサーの大川航矢さん(25歳、青森市出身)と、120年以上前から上演され、一度は途絶えた奥内歌舞伎を復活させ、今年で20周年を迎えた、むつ市の「奥内歌舞伎保存会」(井田昌則会長)の1個人1団体に贈る。贈呈式は12月2日、青森市のホテル青森で行う。

▼モスクワ国際バレエ1位 大川航矢さん(青森出身)/鳥のように宙を舞う
▼復活上演20年 奥内歌舞伎保存会(むつ)/地域の宝 守り育てる

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凱旋公演で受賞作品と同じ『ディアナとアクティオン』を演じる大川航矢さん=7月、弘前市民会館

写真 しなやかさ失わないで/アカネバレエ教室主宰 桜庭茜根さん

 郷土の大変栄誉ある賞は航矢にとって何よりの励ましになると思う。本人も、これで青森でも認めてもらえた-という思いが強いのではないか。

 バレエを習い始めた頃の航矢は、とにかく甘えん坊。ライバルを押しのけてトップに立つというような性格ではなかったものの、バレエが好きだという気持ちは誰にも負けなかった。

 本人が語ることはいまだないが、ロシアに渡った当初は相当つらかったらしい。留学後しばらくしてボリショイ・バレエ学校を訪ねた際、航矢は欧米のダンサーたちに交じり、音を体でしっかり表現していた。どんなに年齢を重ねてもあのしなやかな踊りを失わないでほしい。

 プロのバレエダンサーが出場したシニア部門で1位を獲得した意味は計り知れない。道はこれまでより険しくなる。ずっと応援しているよ。頑張れ、航矢!!

モスクワ国際バレエ1位 大川航矢さん(青森出身)/鳥のように宙を舞う

 まるで空中を舞う鳥のようだった。舞台からはみ出しそうなほどの跳躍と小気味いい回転。大川航矢さんの演技に観客席から「ブラボー」の声が響いた。6月、モスクワ国際バレエコンクールの男性シニア部門で1位に輝いた。日本人男性として24年ぶりの快挙だ。

 「世界で活躍するバレエダンサーになりたい」との夢を抱き、単身ロシアに渡ってから10年。2009年にジュニア部門で3位に入賞していたものの、目標はあくまでシニア部門での「世界一」。2度目の出場で見事、その思いを結実させた。

 2歳からアカネバレエ青森教室で学んだ。頭角を現したのは小学校高学年のとき。出場した数々の国内大会で好成績を収めるようになった。しかし、本人は至ってマイペース。「才能が埋もれてはもったいない」と周囲がもり立て役に回るほどだった。

 そんな大川さんの気持ちが変化してきたのは、草刈民代さんなど著名ダンサーを輩出した牧阿佐美バレエ団(東京)の公演や新国立劇場(同)の舞台を踏んだころから。中学入学後には、「本場ロシアで本格的に学びたい」と決心を固めるまでになった。

 07年、15歳で世界の精鋭が集まる名門、モスクワ国立舞踊アカデミー(通称・ボリショイ・バレエ学校)に編入する。ところが、意気込む少年を待ち受けていたのは、容赦のない“洗礼”だった。

 「背の高さ、手足の長さ、顔のつくり。比較なんていう問題じゃない。全てにおいて違い過ぎた」。身長が低いことを理由に、役を与えられないこともしばしばだった。もちろん覚悟はしていた。だが、いざ現実を思い知らされると、やるせなさが募った。

 しかし、バレエで妥協したくなかった。基礎を徹底的に体にたたき込んだ。その上で、一つの動作から次の動作へ移るときの空間のつなぎ方、ステップの踏み方などを研究。長身のダンサーにも負けない、舞台で映える踊りを追い求めた。

 「変わらないものは変わらない。だったら、自分にできる踊りを探すしかない」

 気がつけば「コウヤは素晴らしい」と教師たちから一目置かれるようになっていた。11年、首席でバレエ学校を卒業した。

 大川さんはプロのバレエダンサーとしてウクライナ南部のオデッサ国立劇場を経て、14年からロシア中部カザニのタタール国立劇場で活躍している。現在はヨーロッパ各国を巡演するツアーのまっただ中だ。

 「(1位受賞は)大きな自信になった一方で、自分の踊りを再構築する責任を負ったと思っています。これからが本当の意味でのスタート」

 より高く、より美しく-。翼を得た鳥は、さらなる高みを目指し大きく羽ばたこうとしている。


今年1月、復活上演20周年を迎えた奥内歌舞伎保存会の新春記念公演。「恋飛脚大和往来」を熱演し、大きな拍手を浴びた
「白浪五人男」を堂々と披露する子どもたち

写真 並々ならぬ情熱と修練/むつ市長 宮下宗一郎さん

 奥内歌舞伎保存会は、早くから「奥内子ども歌舞伎」を立ち上げ、後継者の育成に力を入れています。伝統芸能を通じて、ふるさとの歴史や文化を学ぶことや、地域の大人と関わりながら成長することは、子どもたちの豊かな心を育み、地域コミュニティーの活性化に大いに寄与するものです。市としても、こうした伝統芸能の保存継承の取り組みを支援していきたいと考えています。

 復活から20年の節目となる今年1月、第20回新春記念公演が盛大に開催されました。伝統を守り続けるということは、並々ならぬ情熱が必要であろうと思います。あの日、伝統と情熱を受け継ぎ、修練を積んだ役者の熱演は見事のひとことでした。市民にとっても、身近にこうした舞台を鑑賞できることは素晴らしいことです。

 東奥賞の受賞、市民を代表してお祝い申し上げます。

復活上演20年 奥内歌舞伎保存会(むつ)/地域の宝 守り育てる

 弥五郎「ややっ、貴殿は早野勘平ならずや。御朋輩の千崎なるぞ」

 勘平「さよう、貴殿は千崎弥五郎殿か」

 二人「これはしたり」

 11月6日夜、むつ市の奥内小学校多目的活動室。奥内歌舞伎保存会の男性たちが、来年1月の新春公演で披露する「忠臣蔵 五段目」の稽古に熱を入れていた。会社員、電気工事業、生鮮食品卸売業…。集まった10人の職種はさまざま。元教師の男性もいる。

 立ち稽古の初日だった。師匠の井田昌則会長(72)が「相手をちゃんと確認してから、『これはしたり』」と所作を指導する。若い頃から演じていた井田さんは「奥内で引き継いできた言い回しがある。絶対に妥協しない」と話す。

 奥内歌舞伎は、今から120年以上前の明治20年代には村芝居として定着していたといわれる。特に、秋田出身の旅役者・中村梅次郎とその一座から大きな影響を受けた。青年団を中心に伝承されてきたが、1970年代になると生活様式や娯楽の変化、過疎化などによる後継者不足で上演が困難になり、76年1月、八幡宮例祭での上演を最後に中断。80年にいったん復活したが、以降は途絶えた。

 「町内の集まりがあると、年配の人からは『歌舞伎が見たい』『やれないものか』という声が出た」と井田会長は話す。有志たちの間で「師匠がいるうちに芸を残したい」と復活の機運が高まったのは95年。翌年に保存会を結成し、97年2月、復活上演を成し遂げた。17年ぶりに見る「地域の宝」の舞台だった。

 以来、毎年公演を重ね、20周年の節目を迎えた。

 苦難にも見舞われた。2013年3月、地域の火災で奥内集会所が延焼。保管していた多くの大道具を焼失した。「頑張ってくれ」「少ないけれども足しにしてください」。保存会には市民から数十件の善意が次々寄せられたという。

 保存会の会員は現在、約30人。演じる男性陣や衣装のつくろいなどを担当する女性会員のほか、公演の際のおにぎり作りなどでバックアップする女性たち。地域一丸となって伝統芸能の保存に努めている。忠臣蔵で早野勘平を演じる鳥山勝亮(かつあき)さん(45)は「頑張っている仲間たちと一緒にやれるのが楽しい」と語る。

 後継者不足で一度途絶えた教訓を生かし、1999年、奥内小などの子どもたちが出演する「子ども歌舞伎」を始めた。「地域で子どもたちを育てる」という考え方から、子ども相手でも稽古は厳しい。

 「大変だけど、礼儀作法も学ぶことができる」と6年生の二本柳拓哉君。3年生の中村虎雅(たいが)君は「頑張ったねとほめられるとうれしい」。4年生の川上杏佳(きょうか)さんは「みんなと協力し合うこと、思いやりの大切さを学んでいる」と話す。

 今回の東奥賞受賞に井田会長は「びっくりした。会を挙げて喜んでいる」と語る。そして、こう続けた。「子どもたちには、ふるさとを思う気持ちを伝えている。歌舞伎は先祖から受け継いだ心の財産。受賞を契機に、これからも伝承していかなければと、改めて決意している」