17遺跡ぐるり-。世界文化遺産となった「北海道・北東北の縄文遺跡群」。各地の遺跡を一つ一つじっくり見る楽しみもあるが、続けて見ることによって新たな魅力に気付くかもしれない。新型コロナウイルス感染対策に気を配りつつ、車で1042キロを走り、全遺跡を巡った。

▽1日目

 ■小牧野遺跡

環状列石を囲うように花が咲いていた小牧野遺跡
遮光器土偶メガネにニット帽。小牧野遺跡オリジナルグッズに身を包んだスタッフに会えるかも

 青森市の東奥日報本社を出発し、午前9時前、小牧野遺跡に着いた。まだ見学者はおらず独り占め。台地上にある環状列石は黄色い花に囲まれ、チェーンソーアートのウサギも、のどかな雰囲気を醸し出していた。本物のウサギやテンが姿を見せることもあるが、この日は合えずじまい。すぐそばに青森空港がある。頭上を飛行機が飛んでいった。

 縄文の学び舎(や)・小牧野館へも立ち寄った。こちらはオリジナルグッズも人気。運が良ければ、発売すると即完売する遮光器土偶ニット帽をかぶったスタッフに会えるかも。

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 ■大平山元遺跡

約1万5千年前の土器片。「むーもん」も興味津々

 国道280号バイパスを北上し、大平山元(おおだいやまもと)遺跡(外ケ浜町)へ。大山ふるさと資料館の玄関に入ると、ムササビをモチーフにした「むーもん」が目につく。地元有志がつくった「大平山元遺跡もりあげ隊」のマスコットキャラクターで、ミニねぶたやお菓子など町内に増殖中。1万5千年前の土器片が見つかった遺跡と現代的なゆるキャラ。こういうのも楽しい。

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 ■田小屋野貝塚

 ■亀ケ岡石器時代遺跡

つがる市の街の駅あるびょんでは遮光器土偶をイメージした「しゃこちゃんどらやき」を販売している

 昼ごろ、つがる市の田小屋野(たごやの)貝塚と亀ケ岡石器時代遺跡に着いた。車で5分とかからない近さの両遺跡だが、存在した期間は千年以上違う。しゃこちゃん広場にある遮光器土偶のモニュメント前で時の流れに思いをはせる。広場の裏側では4年ぶりに発掘調査が開始。新たな発見に期待しよう。

 市内にある木造亀ケ岡考古資料館、縄文住居展示資料館(カルコ)の2施設で遺物を見ることもできるが、街の駅あるびょんでシャコちゃんどら焼きを買うにとどめて先を急ぐ。

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 ■大森勝山遺跡

岩木山の麓に環状列石が広がる大森勝山遺跡。雲一つなく見えた時の岩木山は壮観だ

 どんどん岩木山に近づき、岩木山の裾野にある、環状列石の大森勝山遺跡(弘前市)に向かう。周りに人工物がなく、17遺跡の中でも屈指の眺望を誇る同遺跡だが、この日は頂上付近の雲が晴れず、どーんと山が見えることはなかった。駐車場や歩道などを整備中。次に来る時は、また違った環境になっているだろう。

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 ■伊勢堂岱遺跡

環状列石が近接して四つ並ぶ伊勢堂岱遺跡。全国でも他に例がない
縄文小ケ田駅の脇にある「いせどうくん」の田んぼアート

 高速道路で秋田県へ。この日最後の伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡(北秋田市)は、近くのインターチェンジが「伊勢堂岱」で、最寄り駅は「縄文小ケ田(おがた)」。駅の隣には、板状土偶をモデルにしたキャラクター「いせどうくん」の田んぼアートもある。地域の縄文愛の強さを感じずにはいられない。遺跡は大館能代空港のアクセス道建設に伴う発掘調査で見つかったが、県が保存を決め、ルートを大きく変更した。なくなるはずだった遺跡が世界遺産に-。三内丸山遺跡と同じストーリー。その証人として、伊勢堂岱縄文館そばにコンクリートの橋脚が一つ残る。

 四つ並んだ環状列石は見応え十分だ。個人的には環状列石に至るまでの、木々の中を歩く雰囲気も好み。

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▽2日目

 ■大湯環状列石

最大径52メートルの万座環状列石。大湯環状列石は、野中堂環状列石(最大径44メートル)と二つの環状列石を主体としている
大湯環状列石から見つかった「土版」。中央上の大きな穴が「1」、左上と右上の穴で「2」を示していると考えられている
「土版」をモチーフにした土産品も登場。鹿角市の道の駅「おおゆ」ではクッキーを売っている

 午前8時半、大湯環状列石(鹿角市)に到着。しかし、遺跡に入れない。小牧野遺跡のように先に遺跡見学を済ませようと思ったが、大湯ストーンサークル館が開く午前9時からでないと遺跡も見られないそう。見学時間は遺跡それぞれ。しっかり確認するべきだった。しばらく待って遺跡に入る。

 縄文遺跡群で四つ目にしてラストの環状列石だ。しかし環状列石に来ると「並び方に意味は」「どう運んだのか」など多くの「?」が頭に浮かぶ。ストーンサークル館では男性ガイドが、縄文人に数の認識があったことを示すという「土版」が同館の人気ナンバーワンと教えてくれた。土につけられた小さい穴が1~6を示しているという。しかも穴が顔のように見えて、確かにかわいらしい。これは優れたデザインと感心していたら「どばんくん」というキャラクターで、土産物ができていた。秋田の人も抜かりない。

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 ■御所野遺跡

広い草原に、復元した竪穴住居が点在して立つ御所野遺跡
御所野遺跡では、復元した掘立柱建物の中に入ることができる
遺跡と駐車場を結ぶ「きききのつりはし」

 高速道路を1時間ほど走って岩手県へ。御所野(ごしょの)遺跡(一戸町)の駐車場に入ると「きききのつりはし」と名付けられた歩道橋の入り口が目に入る。名称はつり橋だが、木をふんだんに使っていて、屋根もあり、歩いても揺れや危なさは全く感じない。

 つり橋を渡りきると、奥まで緑の草原が続く、ぜいたくな風景が広がっていた。実証を重ねて復元した土屋根の竪穴建物も風景にとけ込んでいた。御所野縄文博物館も、これが町立の施設かと思うほどデザイン性が高くて驚いた。

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 ■是川石器時代遺跡

是川縄文館で見ることができる国宝「合掌土偶」

 本県に戻り、是川石器時代遺跡(八戸市)の出土品などを紹介する市埋蔵文化財センター是川縄文館に入る。照明を落とした展示室に漆器の赤が映える。顎に右手を当てているように見える「頬杖(ほおづえ)土偶」の前にも足が止まったが、最後はやはり国宝「合掌土偶」へ。縄文遺跡群の構成資産ではない風張1遺跡からの出土だが、つい手を合わせたくなる。縄文遺跡群を応援してください-。

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 ■二ツ森貝塚

二ツ森貝塚から出土した人面付き土器
二ツ森貝塚館に展示している貝塚の断面。見たことがある貝を確認することができる
広さ約35ヘクタールと、県内最大規模の貝塚集落である二ツ森貝塚

 二ツ森貝塚(七戸町)では、まず今年4月にオープンしたばかりの二ツ森貝塚館を訪れた。ここは閉館が午後4時と、ほかの施設よりも早い。何とか午後3時半すぎに駆け込んだ。

 展示している貝塚の断面には、ヤマトシジミやホタテガイ、ハマグリなどなじみ深い貝や魚の骨が目につく。一気に親近感が湧く。出土品では県重宝「鹿角製(ろっかくせい)櫛(くし)」が有名だが、人面付き土器の迫力も負けていない。背景のせいで目が赤く燃えているように見える。ちょっと怖い。

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▽3日目

 ■キウス周堤墓群

キウス周堤墓群の1号周堤墓。堤が円を描いているのが分かる。外径は83メートル
ウッドチップが敷かれた散策路。奥には、周堤の高さが約5メートルと、キウス周堤墓群の中で最も高い2号周堤墓が見える

 八戸港から乗ったフェリーは午前6時、北海道の苫小牧西港に。ここから腹ごしらえをして、キウス周堤墓群(しゅうていぼぐん)(千歳市)に向かう。2年ほど前に訪れた時より、駐車場が広くなり、案内所やトイレもできていた。7月中旬からはボランティアガイドの定時解説がスタート。いずれも世界遺産登録を見据え、準備を進めてきたのだという。

 さらに散策路にはウッドチップが敷き詰められ、歩きやすくなっていたが、その脇にはロープが張られ、周堤に上れなくなっていた。遺跡の保全を図るため、これも本年度から始めたということだが、周堤の上から中を見たり、中に降りたりしてこそ理解が深まる遺跡だけに少し残念。許可を得て、周堤の上から写真を撮らせてもらう。周堤の内側は、死の世界を表しているとの解説。中からは墓も見つかっている。市民グループ・キウス周堤墓群を守り活かす会の大江晃己会長は「これだけ大きな墓を共同でつくり、みんなが葬られている。協調性があった証拠だろう」と誇らしげに語る。

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 ■北黄金貝塚

北黄金貝塚の復元した貝塚。貝だけでなく、動物の骨もある
写真上の白っぽい部分が北黄金貝塚の復元貝塚。丘の上からは噴火湾を望むことができる(本紙空撮チーム、許可を得て小型無人機で撮影

 高速道路に乗り北黄金(きたこがね)貝塚(伊達市)へ。ここから入江(いりえ)貝塚、高砂(たかさご)貝塚(ともに洞爺湖町)と貝塚遺跡が続く。北海道には復元した貝塚があり、北黄金貝塚もその一つ。貝のほか、動物の骨も転がっていた。当時の姿なのかもしれないが、何度来てもギョッとする。

 貝塚があるのは緑の草原を少し登った丘の上。復元した竪穴住居を見下ろすことができる。北海道らしい雄大な眺望だ。遺跡を歩いていたらキツネの姿。ただカメラを向ける前に草むらに逃げていった。

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 ■入江貝塚

 ■高砂貝塚

3カ所の貝塚がある入江貝塚。トンネル(写真右)の中では、そのうち一つの貝塚の断面を露出展示している
入江貝塚の「貝塚トンネル」。断面を露出展示している
高砂貝塚のC地点貝塚。長さ50メートルにわたる大規模な復元貝塚だ

 入江貝塚と高砂貝塚は500メートルほどしか離れていない。この間にある入江・高砂貝塚館に車を止め、歩いて入江貝塚に向かう。復元された竪穴住居なども目につくが、トンネルの中で、およそ1500年にわたって堆積した貝塚の断面を露出展示しているのは他にない。

 3月に整備を終えた高砂貝塚にも復元貝塚がいくつかある。中でも奥の方にあるC地点貝塚は長さ50メートル、幅14メートルという大規模なもの。三日月状に敷き詰められたホタテガイ。いったい何枚あるんだろう。

 両遺跡には人が常駐しておらず、訪れた時は貝塚館も改修工事のため閉館していた(7月21日から一般公開)。展示している骨角器なども見たかったが、それは次の機会にしよう。

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▽4日目

 ■大船遺跡

海や森のすぐそばで生活していたことが分かる大船遺跡(本紙空撮チーム、許可を得て小型無人機で撮影)
100棟以上の竪穴住居跡などが見つかった大船遺跡。大型住居跡の展示もある

 函館市内のホテルを出て東へ。峠を越えて、南(みなみ)茅部(かやべ)地区に入ると「縄文遺跡群を世界遺産に」という、おなじみののぼりが目に入ってきた。海沿いの道から細い道を上ると、復元した竪穴住居が見えてきた。午前7時50分ごろ、大船(おおふね)遺跡に着いた。

 太平洋の波の音が耳に入ってくる。北黄金貝塚や入江貝塚からも海は見えたが、この近さは17遺跡で初めて。周囲は森に囲まれ、近くには入船川が流れる。100棟以上の住居跡が見つかったこの大規模集落は「海や山野の豊かな食糧資源に支えられていた」という案内板の説明に思わずうなずいた。

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 ■垣ノ島遺跡

垣ノ島遺跡を案内してくれた男性スタッフ
整備を終え、7月28日に一般公開が始まった垣ノ島遺跡。丘の上には市縄文文化交流センターがある
大船遺跡、垣ノ島遺跡と同じ南茅部地区の著保内野遺跡から出土した国宝の土偶

 来た道を10分ほど戻ると、打ちっぱなしのコンクリートの建物が見える。垣ノ島(かきのしま)遺跡に隣接している函館市縄文文化交流センターと道の駅「縄文ロマン南かやべ」だ。同遺跡は2017年度から整備を進め、バリアフリー対応の施設に生まれ変わった。海側には国内最大規模の盛土遺構がある。きれいに生えそろった芝生は一見ただの広場のようだが、そばに行くと「コ」の字に土が盛られた様子が分かる。「送り場」など祭祀(さいし)・儀礼の場と考えられているが、ただただ広さに圧倒される。「ここの広さはサッカーフィールド2面ほどあるんですよ」。案内してくれた男性スタッフが教えてくれた。

 時間は厳しかったが、せっかくの機会。縄文文化交流センターで、南茅部地区の著保内野(ちょぼないの)遺跡から1975年に発見された国宝「中空土偶」を見る。高さ41.5センチ。亀ケ岡石器時代遺跡から出土した遮光器土偶「しゃこちゃん」より長身で、女性的な印象だが、顔つきはハンサム。不思議な魅力を持つ土偶だった。

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 ■三内丸山遺跡

三内丸山遺跡では、さまざま形式の竪穴住居を復元している
6本柱や大型竪穴建物など、三内丸山遺跡復元展示はスケールが大きい
三内丸山遺跡の大型竪穴建物跡。6本柱や大型竪穴建物といった復元建物以外にも見どころは多い

 函館港からフェリーで青森市に戻り、締めは三内丸山遺跡へ。16の遺跡を見てきたが、復元された大型掘立柱(ほったてばしら)建物(6本柱)や大型竪穴建物、多くの竪穴住居に加え、墓の跡なども見ることができる。情報量はやはり圧倒的だ。18年に増築した縄文時遊館には、高さ約4メートルの棚に土器が整然と並ぶ一般収蔵庫や、土器のかけら5120個をちりばめた縄文ビッグウォールもある。室内展示もスケールが大きかった。

 野球場整備に伴う発掘調査で貴重な発見が相次ぎ、その価値が認められて保存が決まった三内丸山遺跡。その後は国の特別史跡となり、そして世界遺産になった。当時発掘に関わった関係者が「幸せな遺跡」と呼ぶのが分かる。

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 これで17遺跡を完走。各遺跡でその魅力に触れることができたが、駆け足過ぎたと反省も。新型コロナの感染状況が落ち着いたら、皆さまにはもっと時間をかけて巡ることをお勧めする。ガイドの説明を聞き、それぞれの土地の空気に身を置くことで、遺跡への、そして縄文への理解はより一層深まるだろう。

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