受精卵移植を手掛け、畜産・酪農業の利益向上に努めるノースブルの菅原さん(右から2人目)ら=1月13日、仙台市青葉区
顕微鏡を見て、受精卵の状態を確認する片江さん=1月13日、仙台市青葉区
「努力が報われる産業にしたい」と話す菅原さん=1月13日、仙台市青葉区

 仙台市青葉区の「ノースブル」は、和牛の受精卵を乳牛に移植して代理出産させる「受精卵移植」で、全国トップクラスの実績を誇る。日本の畜産・酪農を守るという志と高い技術力を持ち、取引先から信頼されている。

 菅原紀(もとい)社長(43)は宮城県涌谷(わくや)町の畜産農家の長男に生まれた。後継者となるべく酪農学園大(北海道江別市)で学ぶうちに、休日も十分取れない割に収入が上がらない畜産・酪農業の課題が見えてきた。卒業後は研究施設などで受精卵移植技術の腕を磨いていたが「技術者として、畜産・酪農農家が希望を持てるようにしたい」と、2011年8月に会社を設立した。

 ノースブルは畜産農家から受精卵を買い取って体外受精させ、酪農家が育てる乳牛に移植する。生まれてくる牛は乳牛の2倍ほどの価格で取引される和牛として市場に出る。畜産農家と酪農家の両方が、新たな設備投資を必要とせず利益を上げられる。

 東北を中心に約150軒の顧客がある。同社が受精卵移植を手掛けた農家からは「初めて海外旅行に行くことができた」「スタッフにボーナスを出せた」と喜びの声が届いているという。

 15年の農林水産省の統計で、ノースブルの牛の受精卵移植頭数は東北1位、全国でも4位になった。その後も取り扱い頭数を着実に伸ばしており、全国トップクラスの実績を維持している。

 スタッフは11人で、若手が多い。繁殖に必要な有資格者が、それぞれ専門を生かしチームとなって事業に取り組んでいる。

 和牛から受精卵を取り出す獣医師の渡部一星(わたなべいっせい)さん(26)は入社1年目。「採卵を手掛けられる獣医師は多くなく、技術を持つこと自体が会社と自分の付加価値につながっている。今後も技術を高めながら、顧客からの信頼を得たい」と抱負を語る。

 獣医師から受け取った受精卵の品質判定や凍結処理、体外受精を行う培養士の片江篤子(あつこ)さん(29)は「事業は顧客の利益に直結する。最高のパフォーマンスが発揮できるよう心掛けている」と話す。入社1期生でもある片江さんは「会社が今後、大きくなっていくのを見てみたい」と笑顔を見せる。

 今年4月には鹿児島県に初めての支店を出す予定だ。鹿児島県の肉用牛の飼育頭数(21年2月現在)は約35万頭で、北海道に次ぎ全国2位。和牛の一大生産地で事業拡大を図り、収益のさらなる向上を狙う。

 菅原社長の大学の後輩という縁で入社した同県出水(いずみ)市出身の移植師前田恭希(たかき)さん(24)が現地の責任者となる。実家が畜産農家で「鹿児島の農家と交流を深め、やれることを少しずつでも増やしながら、顧客開拓に努めたい」と意気込んでいる。

■業界、魅力的な産業に ノースブル社長・菅原紀さん

 牛の受精卵移植に取り組む菅原紀社長に、事業を始めるきっかけや今後の展望を聞いた。

 -どうしてこの事業に取り組もうと思ったのか。

 「大学で畜産を学び、大変に厳しい業界だと分かった。和牛農家は過去20年で約70%が離農している。休みが取れない、利幅が少ない、後継者がいないなど古くからある課題に危機感を抱き、畜産・酪農農家が希望を持てるようにしたいと思った。『家業は自分が継ぐ』と後押ししてくれた弟には感謝したい」

 -技術者の育成に力を入れている。

 「受精卵移植は20年前からある技術だが、移植によって生まれてくる和牛の数はそれほど増えていない。なぜなら現状は獣医師らが個人で行っているケースがほとんどで、成功率にばらつきがあるからだ。獣医師や培養士、移植師が専門を生かして作業を分担して行えば成功率も上がり、やるべき課題も見えてくる」

 -そのためのバックアップにも努めている。

 「採卵の経験を積むため、牛の子宮頸管(けいがん)の模型をシリコンで造った。難しい技術だが模型で練習すれば、技術者の育成につながるだけでなく、牛の負担軽減にもなる。模型の製造は昨年12月に特許出願した」

 「牛の受精卵移植を学ぶ研修センターの建設も計画している。技術は自社内だけにとどめるつもりはない。センターは獣医師らの再教育の場になるし、訪れた子どもたちが業界に興味を持ってくれたらうれしい」

 -1月から受精卵の全国販売も始めた。

 「酪農支援などに取り組んでいる東京の商社と連携した。商社が持つ業界のネットワークに受精卵を売り込むことができ、販路拡大が見込める。4月には鹿児島県に新たな拠点も設ける予定なので、今年は事業拡大の1年になるだろう」

 -職場づくりで心掛けていることは。

 「『自分ならこんな会社に入りたい』という理想に向けて励んでいる。高い技術を維持するには長期間働ける環境が大切。例を挙げれば、女性が働きやすく復職もしやすい職場づくりを目指している。得た知見を国際学会で発表する機会も設けている。今後も、この業界が魅力的な産業となるように皆で力を合わせていきたい」

(河北新報)