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津鉄で実際に使われていた機械類などを紹介する岡田さん=地図(1)

 道案内をお願いした東北職業能力開発大学校青森校特任教授の伊藤祐規さん(65)とスタート地点の津軽鉄道・津軽飯詰駅で待ち合わせた。

 同駅は、かつて宿直室などとして使われていた部分を同校や同秋田校、地元企業の協力を得て改修、今年7月から津鉄の資料を展示したミニ博物館として生まれ変わった。地域住民でつくる飯詰を元気にする会が運営を担い、毎月第3日曜日に公開している。

 レトロな展示スペースには数々の貴重な写真、車両のヘッドマークなどが並んでいる。元気にする会の岡田千秋会長(76)は「まだまだ運営は手探りの状態。将来的には地元でとれた野菜なども販売、地域の交流拠点となるようにしたい」と夢を膨らませる。

 

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109人の学生が学ぶ東北職業能力開発大学校青森校。同校教授の伊藤さんが地区内を案内してくれた=地図(2)

 飯詰駅を後に目指したのは100人を超える学生が学び、地域に活力を与えている能開大青森校。伊藤さんの勤務先でもある。幾つかルートがある中で伊藤さんが選んだのは旧道。細い道沿いの所々に旧家と思われる構えの家が並ぶ。緩やかな坂道を上り、優しい表情の仁王様の山門で知られる妙龍寺、大みそかに裸参りが行われる稲荷神社の前を通って同校に到着した。

 校内でひと休みしていると、今春北海道から転勤してきた学務援助課長の瀧田大亮さん(45)が応対してくれた。瀧田さんによると、同校ではものづくり現場のリーダーや実践技術者となる人材を育成しているほか、五所川原立佞武多(たちねぷた)などの祭りや飯詰駅舎改修などのボランティア活動を通じて地域とも積極的に交流している。

 

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飯詰直売所運営の中心になっている長峰さん(左)。毎日のように顔を出す常連も多い=地図(3)

 同校を出て主要地方道五所川原金木線を飯詰駅方向に戻ると、交差点の左手にのぼりが見えた。車では通り過ぎてしまいそうだが、建物の前には生花が並んでいる。訪ねると、長峰一枝さん(72)ら野菜生産者15人ほどで運営する飯詰直売所だった。

 店内には、トマト、キュウリ、桃など季節の野菜、果物が並んでいた。値段が付いているもの以外はすべて1袋100円。季節になるとキノコやタケノコが販売され、午前6時の開店から常連客でにぎわう。「商売よりも、お客さんとの会話が楽しみ」と長峰さんは笑顔を見せた。

 

▼5200歩
県重文に指定されている飯詰八幡宮本殿を案内した飯塚さん=地図(4)

 直売所から地区中心部に向かって歩くこと約10分、大きな鳥居の奥に飯詰八幡宮があった。資料によると同神社の始まりは13世紀までさかのぼる。正殿の奥にある本殿などは県の重要文化財に指定されている。神社総代の飯塚俊雄さん(89)は「本殿は、北海道方面に向かう船がしけのために鯵ケ沢の港に泊まっていた時に、請われてこの地でまつられることになったと聞いています」と歴史を説明してくれた。

▼5770歩
長円寺の清野昌邦住職=地図(5)

 飯詰コミュニティセンターを過ぎた一角には、3寺院が立ち並ぶ。その中の長円寺は、元気にする会の座禅会や地区の立佞武多発着地として住民に親しまれている。住職の清野昌邦(しょうほう)さん(88)は戦後、現在の北朝鮮から大変な思いをして引き揚げた経験を持つ。1979年に住職となった後も、94年に火災で本堂などを焼失した。清野さんは「多くの方のおかげで2年で再建することができた。境内の観音像は、その時に東京の方から贈られました」と振り返る。

 

▼6513歩
自慢のラーメンを笑顔で運ぶつたやの北垣さん=地図(6)

 飯詰駅に戻る途中、伊藤さんとつたや食堂で腹ごしらえをした。北垣いすずさん(71)が1人で切り盛りする店のメニューは、ラーメンとおにぎり。麺をすすってスープをゴクリ。優しいしょうゆ味のスープが汗だくで歩いた後の空腹に染み渡った。飯詰駅に戻った後の歩数計は7496歩だった。