新たな駐マーシャル諸島大使に起用された田中さん=11月、外務省

 太平洋に浮かぶ島々と環礁からなる共和国で、東京の南東約4500キロ。そのマーシャル諸島に赴任する新たな日本大使に、外務省で青森市出身の田中一成さん(62)が起用された。「日本に親近感を持つ人が多く、紳士的な国。協力的な関係をより広げるためにできることは何か」と新天地へ思いを巡らす。

 米国のホノルルなど外交官として4カ国6カ所の大使館・総領事館で勤務した。1981年の入省後、初の本格的な海外赴任はイラクの首都バグダッド。「メソポタミア文明の発祥地でもあり、西洋と異なる自らの文化にプライドを持つ人々」との出会いに刺激を受けた。当時はイラン・イラク戦争のさなか。互いに撃ち合うミサイルが、家の近くに落ちないか不安な時期もあった。

 思い入れが深いのは豪州で、若い頃から首都キャンベラやメルボルンなどで仕事をした。「80年代の豪州は青森から出た自分にとって接しやすい、飾らない人たちが多かった」。ブリスベン総領事として久々に赴任すると、社会構造の現代化に目を見張ったという。

 大使として赴くマーシャル諸島は、太平洋戦争中まで日本が統治した歴史を持ち、現地では散歩を「チャンポ」と呼ぶなど往時の面影を残す。戦没者の遺骨収集も続いている。

 列島は美しいサンゴ礁が点在する半面、地球温暖化による海面上昇の危機にさらされている。同国は国際会議を通じ、気候変動対策の重要性を声高に訴えており、田中さんは「日本にできることがもしあるなら、積極的に検討していくことになると思う」と語る。

 子どもの頃、青森市の自宅に欧州の街並みを切り取った写真が飾ってあった。競輪選手だった父・繁さんがフランス開催の世界選手権(58年)に出場した際、パリやローマを訪れて自ら撮影したものだ。その写真に「世界」を感じ、心を引かれた。大学に進むと、外務省OBで駐フィンランド大使などを歴任した大郷正夫教授(青森市出身)の元で学んだ。外交官時代の話を聴くうちに同じ道を目指そうと思うようになった。

 郷里に思いをはせ「私は青森市出身であること自体が誇り」と力を込める。一方で外交官として、古里の子どもたちには「世界に目を向け、将来は外国で勉強や仕事をしてほしい」と言う。「津々浦々の人々と理解し合えることは、長い目で見れば、世界がいろんな困難を乗り越えて進む大きなきっかけになる。相互理解がなければできない。世界との対比で自分を考えることが大切」と思うからだ。

 年内の着任へ向け、現在は国外での隔離期間中。マーシャル諸島での楽しみを問うと、「マリンスポーツはあまりしないけど、チャンポはできると思う」と笑った。 

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 <たなか・かずなり 1959年、青森市生まれ。青森高-岩手大卒、81年に外務省入省。2016年に伊勢志摩サミット・広島外相会合準備事務局次長、経済局経済安全保障課企画官。18年から約3年間、豪州・ブリスベン総領事>