新型コロナウイルスの感染拡大防止のため紙上大会として開かれた、東奥日報社と東奥日報文化財団主催の第75回県短歌大会。未来短歌会理事長の大辻隆弘氏の特別選(「雑詠」)や宿題(「紙」「潮」「会」)の入選作品を発表します。


●特別選・・・「雑詠」 大辻隆弘 選
◇天位
 自らが奏づる楽をたのしみて岩場にしぶく奥入瀬の水 南 部 八木田順峰
【評】奥入瀬渓谷のせせらぎ。雪解け水が岩の間を流れ小さな段差を落ちくだる。その音を聞いて、作者は「ああ、この水は、自分が演奏している音楽を楽しんでいるのだ」と思う。水が自作の音楽を楽しんでいるという発想が自由で楽しい。結句を「水」という名詞で言い納めた文体も印象的。川の流れにそって歩いてゆく作者の心の弾みが伝わってくる歌だ。

◇地位
 春キャベツさくさく刻みキッチンに今日いちばんの音産み出しぬ む つ 髙橋やす子
【評】春、やっと玉を巻いたキャベツを刻む。まだ柔らかい葉をサクサクと刻む。まな板に包丁が当たる音が軽やかに耳に届く。他の食材を刻むときにはこんないい音はしない。今日一番いい音を聞きながら、作者は充実感に包まれてゆく。歌の言葉の響きがリズミカルで作者の弾む気持ちを表している。長い冬がやっと終わった、そんな喜びが伝わってくる。

◇人位
 ローカル線すずしき風に乗りて来る「かっちゃ」の訛り潮(うしお)のしめり 六 戸 古舘 公子
【評】海沿いのローカル線に乗る。窓をあけるとすずしい風が車内にはいってくる。その風に乗って、地元のお母さんたちの地元の言葉が聞こえ、北の海の潮の匂いが漂ってくる。その声を聞き、その匂いを嗅ぎながら、作者は座席にまどろんだのだろう。「かっちゃ」という地元の呼称がなんともあたたかい。「訛り」「しめり」という脚韻もリズミカルに響く。

◇秀逸
 武者絵凧冬の刈田にうならせて子は全身に空を操る 十和田 中里茉莉子
 何年も訪なう人の無き墓に使用権消滅と立札ありて 青 森 佐藤 裕扇
 立ち上る湯気いっぱいの甘き香にとうもろこしが好きだった母 十和田 中野渡慶子
 おそらくはウインストンの『秋』だった。背後に投げ掛けられた色彩― 青 森 木村 美映
 風あればあなたは少し楽なのに願いを胸に予報に見入る 青 森 佐藤 東
◇佳作
 大空に湧く冬の雲八甲田に果てし人らを包み抱けよ 青 森 田邊 亨
 多分わが誤解だらうとは思つてる寺山をまだ好きになれずに 七 戸 大串 靖子
 白百合の莟がぽっと明るみて垣を洩れくる月光を乗す 弘 前 工藤 光子
 七星の天道虫の半球が音なく開き飛び立たんとす 十和田 馬場 有子
 幼日に遊び場だったストーンサークル縄文の世界遺産になるとは 十和田 関川八重子
 人生を共有せるかの錯覚に陥りながら友の短歌読む 十和田 生出 頴子
 涙ぬぐふ無様な姿見られたりそしらぬふりの夏鴨一羽 鯵ケ沢 南 美智子
 背負いきれずあなたにほつほつ話しゆく秋のまひるま言葉が湿る 十和田 星野 綾香
 突風に詠みためた短歌駄目出しを出されたように散り散りになる 弘 前 後藤真由美
 雄弁な沈黙としていつもより雑に扱う掃除機の音 八 戸 佐々木絵理子
 夕映えをあまねく享けて津軽路の稲田は広く岩木嶺高し 平 川 成田 光雄
 はつ夏のストーンサークルの広き原縄文の風に栗花にほふ 南 部 佐々木冴美
 義姉さんがワクチン打つなら私もと電話の向かふで決めたる模様 弘 前 ふじさのりこ
 山と海恵み豊かな汽水湖に水軍のごと蜆舟来る 青 森 秋庭 武司
 上海の娘(こ)より電話のくるたびにスマホ取り合う幼のように 黒 石 加賀谷富美子
 夫逝きてひとりの家居つまされる宅配の声に弾かれて立つ 十和田 佐藤 京子
 山鳩が鳴きはぢめると晴れるとふ作業開始のつかのまの憩へ 鶴 田 下山 秀子
 送り火の炎の中に見える夫いつもの酒房に良助さんと 八 戸 音喜多京子
 停止線こえたら失くしてしまうもの頭に浮かび消えてゆく夏 八 戸 月舘 玲子
 海面にお岩木山が浮かび見え徐福来たりし下前漁港(したまえ)は凪 弘 前 中村あやめ

●宿題・・・「紙」
◎藤田久美子 選
◇天位
 一銭五厘いのちの切符あの夏の父を遺影に変へし「赤紙」 東 北 井上 健蔵
◇地位
 朝一番われが手にとる新聞紙社会のいまと繋がるために 弘 前 工藤せい子
◇人位
 アナログに生きるも良しと涼やかな料紙選びて歌したためる 青 森 蒔苗 慶治
◇秀逸
 露地でみた探偵物の紙芝居アニメも動画もまだ知らぬ頃 七 戸 大串 靖子
 ひらがなが今にも踊り出しそうな孫よりの手紙大切にもつ 十和田 佐々木愛子
 新聞紙折りて作りしオルガンを弾いたつもりの戦中の児等 弘 前 傳法 けい
 亡き母のタンスに敷かれし新聞紙昭和の我が生まれし月の 鶴 田 松山 裕子
 「よろこび」の童の筆跡湧き上り紙幅をこえて飛び出さんとす つがる 原田 良明

◎中里茉莉子 選
◇天位
 骨組みにがっちり貼りつく奉書紙墨走らせるねぶたの絵師は 六 戸 田中 恭子
◇地位
 薄紙のあわいをとおりたましいも秋もするりと身の裡に入る 十和田 星野 綾香
◇人位
 本棚のあひだを蜂は飛びまはり紙が草木に還りゆく夏 つがる 兼平あゆみ
◇秀逸
 弘前は城下町なり百石町(ひゃくこくまち)代官町(だいくわんちゃう)あり紙漉町(かみすきまち)も 弘 前 工藤 邦男
 絞り染めにしたる家畜の餌袋を和紙のようだと友ほめくるる 十和田 小笠原としゑ
 ちりりんと麻の葉もようのちよ紙をおりながら聞く夏のさよなら 青 森 柴田美恵子
 書き損じの原稿用紙を寄せおきて老いの先々思ふさびしさ 弘 前 佐藤 繁
 百万の若きを戦野に駆りたてし赤き紙ありき 国のためとて 黒 石 島田 興三

◎平井軍治 選
◇天位
 紙ひこうきが手から離れる瞬間の淋しさにも似て子は巣立ちゆく 八 戸 月舘 玲子
◇地位
 真つさらの半紙を敷けばいびつなる手づくりお供へ凛として座す つがる 兼平 一子
◇人位
 励ましの手紙くれしは男孫スマホ時代に卒寿の我に 六 戸 梅村 久子
◇秀逸
 いち枚の紙に捺印した日より名字故郷遠くなりたり 五所川原 野呂 富枝
 一厘五銭いのちの切符あの夏の父を遺影に変へし「赤紙」 東 北 井上 健蔵
 涙拭くちり紙くれて看護師の親身な意見 あきらめを消す 青 森 野村優美子
 さまざまな紙に問われる年令を無視しよう夢捨てきれぬから 弘 前 三浦ふじゑ
 シュレッダーに古き書類を送り込み思ひ断ちたき手紙も消したり 弘 前 中村あやめ

◎三川博 選
◇天位
 自らが漉きたる卒業証書もて巣立つ四人の僻地の子らは 南 部 八木田順峰
◇地位
 じっくりと新聞紙読みし夫印す蛍光ペンの箇所にうなずく 青 森 今井 邦子
◇人位
 形見分けの畳紙開けば芳しき入学の日の母の香りよ 平 川 山口 香菜
◇秀逸
 亡き父が広告紙で拵えしメモ紙の束昔日のまま 弘 前 竹内 健悟
 亡き母の千代紙人形今もなほ遺影と共に傍らにあり 青 森 大里 啓子
 新聞紙折りて作りしオルガンを弾いたつもりの戦中の児等 弘 前 傳法 けい
 置き薬担ぎ来しひとの紙風船をさなき夢がふくらみてゐき 弘 前 佐藤 啓子
 たっぷりと墨含ませる筆の先半紙に下ろす心定まる 十和田 逸見奈萌子

●宿題・・・「潮」
◎星野綾香 選
 自らの血潮に染まり産みし日のおみなは裡(うち)に海を抱けり 十和田 中里茉莉子
 潮風に吹かれることを知らぬまま輝いているガラスのヨット 青 森 柴田美恵子
 太陽にかざす掌老いてなお地球に生かされ血潮は赤し 青 森 秋庭 武司
 師を弔ひ夫をとむらふ道すぢに寄せて返せるうしほの白さ つがる 兼平 一子
 ぜいたくな雲丹の解剖ひとり一個実験室に潮の香満ちて 青 森 佐藤 東
◎佐々木冴美 選
 陸奥湾の潮風浴みてたくましく新米教師四年経し孫 弘 前 山内 聖子
 潮満ちたさあ生まれると祖母の声産声聴いた遠き日の朝 大 鰐 成田さなえ
 潮騒のように打ち寄せるかなしみをやわらかに握りくるる母の手 十和田 星野 綾香
 落下して潮時を知る「たぶん、もう主役じゃない。」と内村航平 八 戸 三浦 敬
 一人旅にあくがれ汽車にたづさへしあの日の新潮文庫は太宰 弘 前 赤坂千賀子
◎三嶋じゅん子 選
 潮騒を遠き記憶に聴きながら一首を立たす臥したるがまま 南 部 八木田順峰
 象牙色父の遺せし網針には故郷の海の潮の香残る む つ 瀬川 文子
 引き潮の渚に貝のつぶやきをそっとひき寄せ聞き入る晩夏 八 戸 橋本 敦子
 潮声に惹かれる如く子亀群れ一心不乱に大海目指す つがる 葛西 行雄
 潮干狩り行きたかったね空想のなかの子供とあなたを連れて 青 森 柴崎 宏子

●宿題・・・「会」
◎中村あやめ 選
 うら盆の卒塔婆の夫に水色のパラソルかざしてしばし会話す 六 戸 田中 恭子
 疫禍ゆゑ今夏も会へぬ東京の孫らに自慢の唐黍送る 青 森 鹿内 伸也
 会合の禁止となりて村祭り人居ぬ境内に幟のみ立つ 十和田 太田 弘子
 三坪の菜園で採りし馬に乗り夫帰り来よ明日は盂蘭盆会 弘 前 佐藤 啓子
 会釈する帽子・マスクの人は誰思ひ巡らし家路を急ぐ 青 森 相馬富美子
◎安田渓子 選
 ワクチンは打ったと会いに来て呉れし息子(こ)の明るさに老いの欝とぶ 弘 前 傳法 けい
 短歌会の仲間と共に二十年歩みつづけて家族の如し 十和田 生出 頴子
 大間岬啄木歌碑を建立せし師の名に会へり青き夏空 平 川 森内 勇治
 会食を控へて二年コロナ禍をワクチン終ふも拭へぬ不安 三 沢 赤沼 淑子
 コロナ禍は母との面会阻みつづけ会へざるままに母を喪ふ む つ 立花 惠子
◎木立徹 選
 はにかみてにこっと会釈するだけのそんなひとときがまた欲しくなる 五所川原 三上 久子
 ふりむけば学芸会の木の役のじぶんに出会ふ「白神」の森 東 北 井上 健蔵
 絵の自慢している九歳の私に出会いそうなる朝の校門 十和田 逸見奈萌子
 さみしさをためておきますほんのりと口紅さして会いにゆく日まで 青 森 志村 佳
 陽炎のなかに試練のごとく立つ歩道橋を渡る 君に会ふため つがる 兼平あゆみ