「今までやってこられたのは何より家族のおかげ」と加藤さん(左)。妻の秀子さんが優しくほほ笑む。後ろは長女・裕子さんの書
落語講話をする加藤さん(本人提供)

 振り込め詐欺や交通事故から身を守る術を創作落語で楽しく-。さいたま市の「津軽家笑介」こと加藤堯さん(75)=青森市出身=は、青森県など全国各地で落語講話を続けている。

 新型コロナの感染拡大前は月に十数回をこなしていた売れっ子。時事問題などで高齢者の興味を引き、どうすればだまされず、事故にも遭わないかを伝える。軽妙な語り口は独学で身に着け、脚本も全て自作だ。

 講話を始めたのは警察官時代。最初は高齢者に聞いてもらえず苦労した。「学生時代に身に付けたギターの弾き語りもした。そのうち、落語なら聞いてくれるかもとひらめいた。5年余り勉強するうちに『面白いやつがいる』と話が広がり各署から講話の依頼が相次いだ」。40歳のころだ。

 事故防止だけでなく、交番勤務の経験を踏まえた防犯ネタにも取り組んだ。音楽活動も実を結び、1977年に自費制作した交通安全ソングのレコードが市内各所で流されるように。警察官を退職した後はさいたま市の非常勤特別職員として落語講話を続けた。「今は独立し、県警や市のネットワークを通じて各地で講話活動をしている。『楽しみにしている』など、お客様の声が励みになる」

 青森市で商売に苦労していた若いころ、埼玉県警の採用試験があると知り、受験した。生活を安定させ、親に心配を掛けたくない思いからだった。採用され、心機一転頑張ろうと故郷を離れたが「挫折が続き、劣等感の塊になった」。そんな加藤さんを上司は「お前はいつ、春を迎えるつもりだ」としかりつつも温かく見守った。自分は自分、持てる力を発揮するには挑戦を続けるしかない。考え抜いてつかんだ目標が落語と音楽による安全意識の啓蒙(けいもう)だった。「上司はもう亡くなったが、やっと春を見つけたと報告できそうです」

 写真家の顔も持つ。大好きな青森ねぶた祭や海外を訪ねた際の写真を展示する個展も8回ほど開催。常に寄り添うマネジャー役の妻秀子さん(72)=青森市出身=は夫を「自分の発信を受け入れてもらう方策を懸命に考える、勉強熱心な人」と温かく見守る。

 「妻に我慢ばかりさせてきた」という加藤さんが新たに挑戦するのが津軽弁による落語講話。「事件や事故の陰で泣く人がいることにも配慮した、陰と陽のバランスを考えたストーリーが大事。津軽弁はそんな物語に良くマッチするはず」という。とはいえ故郷を離れ約50年のブランク。「再習得には苦労しています」と笑った。

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 <かとう・たかし 1945年青森市生まれ。日大卒。72年、埼玉県警察官に。交通安全がテーマの楽曲や動画制作、写真展なども開催、受賞も多数。85年に交通安全や防犯を訴える落語講話開始。退職後、さいたま市交通教育指導員を経て2012年からフリー。問い合わせは電話048-686-1778>