1974年当時の花田ミキさん
花田さんらの適切な対応で男の子の一命を取り留めた出来事を報じる1960年6月7日付東奥日報。元気になって母親に抱かれる当時2歳の五十嵐監督と花田さん(円内)の写真を掲載
映画化に向けたメッセージを記したリーフレットを手に協力を呼び掛ける五十嵐監督(左)とプロデューサーの鎌倉さん

 青森県出身の映画監督五十嵐匠(しょう)さん(62)が、元従軍看護婦で戦後は青森県保健師の草分けとして活躍した弘前市出身の花田ミキさん(1914~2006年)の生涯をテーマに映画制作に取り組む。県民の命と健康を守る運動の先頭に立ち、戦争の悲惨さ、命の大切さを訴え続けた花田さんは、五十嵐さんにとって幼いころに命を救ってもらった恩人でもある。「新型コロナウイルス禍の今こそ、信念を貫いて生きた恩人・花田さんの生きざまを映画にしたい」。来年秋の撮影開始を目指し、制作資金を募っている。

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