「太宰はいつまでもミステリアス」と吉永さん。後ろは林忠彦が撮影した太宰の写真=東京・三鷹市

 青森県出身の文豪太宰治が晩年を過ごしたことから、「太宰が生きたまち」を掲げる東京都三鷹市。同市のスポーツと文化財団が運営する「太宰治文学サロン」などで学芸員を務める吉永麻美さん(43)=都内在住=は「芸術家・太宰の才覚と、津島修治(太宰の本名)の人間性を広く伝えようという機運が市民に芽吹いてきている」と話す。

 広島市に生まれ、大学で写真を学んだ。卒業後、ロバート・キャパの写真に衝撃を受け「芸術家の仕事を推す仕事がしたい」と会社を辞め学芸員の道へ。新宿の博物館に採用され、太宰ら著名作家の撮影で知られる林忠彦の写真展を担当したことで、太宰文学の魅力を再発見する。「中学や大学時代に太宰は読んでいたが、正直面白くなかった。林さんの写真展を機に読み直したらはまってしまい、ほぼ全作を読了した」

 このころ、三鷹市は太宰に着目したまちおこしに着手。2008年には太宰の歩みや作品を紹介する文学サロンが市内に開館し、学芸員を募集していた。太宰に夢中だった吉永さんは迷わず応募、採用された。

 三鷹時代の太宰を掘り下げようと研究を進めた吉永さん。「上司の教え通り、常に作家の遺族に寄り添うよう心掛けてきた。すると家庭人・太宰の姿が徐々に見えてきた」。太宰の長女故津島園子さんから、父の偶像が一人歩きするのはやむを得ないが、本当の姿も伝えてほしい-と言われたことも心に残った。「太宰にはいろんな論点がある。私は小説世界と実生活を両立させて論じたい、と」

 太宰に難解、暗いというイメージを持つ人も少なくない。しかしその文学は今なお世代を問わず多くの読者を引きつけてやまない。同市では同サロンに加え、太宰の居宅を再現した資料展示施設「三鷹の此の小さい家」も昨年12月に開館。両施設とも一年を通して若い世代を中心に多くのファンが訪れている。

 「人間の欲望や空想などの非現実と現実世界のはざまを描くのが太宰の小説。そのために私小説風の実体験を用いるし、古典やフォークロア(民間伝承)を作り変えることもある」と分析する吉永さん。「人生の業、生きる場や滅び-。太宰文学のエッセンスは時代が移り変わっても不変。読み手は自分の人生経験を重ねていくと、作品を読み返すたびに『気づき』が変わっていく。万華鏡のような作品です」と人気が衰えない理由を推測する。

 例えば津軽の冬の夜。火鉢の周りに集まったある家族が、一人の語り手がぽつりぽつりと紡いでいくおとぎ話に心奪われ、それぞれの解釈で物語の意味を理解する。尊ばれるのは語り手の才覚だ。「津軽の人々は気づいてないかもしれないけど、やはり太宰文学の基本は津軽にあるのではないでしょうか」

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 <よしなが・まみ 1978年広島市生まれ。九州産業大写真学科卒。会社勤めの傍ら勉強を重ねて学芸員資格を取得。東京・新宿歴史博物館勤務を経て三鷹市スポーツと文化財団学芸員に。太宰治文学サロン、市美術ギャラリー内の太宰治展示室「三鷹の此の小さい家」など担当>