「歌い始めてからカンツォーネの魅力にはまった」と話す森さん=東京・吉祥寺のスタジオ
美声を披露する森さん(手前)=東京・浜離宮のフェス(森さん提供)

 柔らかなバリトンが聴衆の心を震わす。イタリアの歌・カンツォーネ歌手の森一幸さん(68)=青森市出身、東京在住=は、コンサートを中心に30年近く自身の歌を追求するベテラン。持ち歌は70曲に上り、都内や青森県で歌い続けてきた。2年前には16曲入りの初アルバム「イタリアの愛の風が吹く」を発売した。

 音大などで歌を本格的に勉強したわけではない森さんがカンツォーネの世界に飛び込んだのは、偶然だったという。「40歳の頃、カンツォーネを習う知り合いに誘われて教室に遊びに行ったのがきっかけ」。教えていた国内カンツォーネの第一人者・故荒井基裕氏に見いだされレッスンに打ち込んだ。すぐにコンクールで優勝するなど頭角を現す。

 音楽は幼い頃から好きで、「ラジオでシャンソンを聴く小学生だった」。だが音楽の道は選ばず、青森高校から北海道大学へ進むと、卒業後は都内の放射線管理関連企業に勤めた。40歳前で放射線関連施設のメンテナンスや放射線測定を専門に行う会社を設立。名古屋大学で放射線測定の研究を重ね、博士号も取った。福島市で東京電力福島第1原発事故に伴う除染業務に従事、放射線測定のボランティアもした。体力と精神を酷使する多忙な日々だった。

 「ある日、右耳が聞こえづらいことに気づいた」。突発性難聴だった。歌手としての先行きを左右しかねない病に気落ちしつつも仕事に励んだ。やがて激しい胸の苦しみで病院へ。心筋梗塞と診断され手術を受けた。過労とストレスで満身創痍(そうい)の状態だった。

 それでも森さんは歌に打ち込んだ。「クラシックカンツォーネの基礎を学び、歌唱の糧にしようとシャンソンや津軽民謡の練習もした」。地道に磨いてきた実力はやがて、本場のイタリアで認められる。「ナポリの由緒ある民謡酒場で、2夜連続で歌う機会を得た」。耳の肥えた地元ファンに高く評価され、この店では2年続けてライブを開いた。

 故郷の青森市でも定期的にコンサートを開いてきたほか、都内のカンツォーネフェスにも出演を続けてきた。しかし最近は新型コロナ感染拡大の影響で開催がままならなくなった。加えて右耳はほぼ聴力を失い、左耳も以前の4分の1程度しか聞こえなくなった。

 でも森さんの「カンツォーネ愛」はなお熱い。「情緒を込めて歌い上げ、感情を存分に表現できるのがカンツォーネの魅力。人間は歌がないとストレスでだめになるんですよ」。コロナ禍が収まり、歌声を響かせる日が来ることを心待ちにしている。


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 <もり・かずゆき 1952年青森市生まれ。カンツォーネ歌手・故荒井基裕氏に師事。2005年に太陽カンツォーネコンコルソ・クラシック部門で優勝。一方で専門会社を複数設立するなど放射線管理業務・研究に従事。現在は「放射線技術開発」代表取締役>