「太宰中心は変えず、いろいろなジャンルの朗読にも挑みたい」と語る中村さん=都内のカフェ
11月に調布市で開いた朗読会。感染防止に配慮し行われた(中村さん提供)

 「津軽」「雀こ」など太宰治作品を中心とした朗読を都内や青森県で続ける中村雅子さん(56)=調布市在住。青森市生まれの中村さんが発する津軽弁は透明感にあふれ、声の抑揚は歌を聴いているよう。ふるさと津軽の地の豊穣(ほうじょう)さを、多くの聴衆に伝えている。

 大学卒業後、福島県の民放局でアナウンサーを務めた。「思いを込めて語り伝える仕事に就きたいと、東日本の放送局の試験を片っ端から受けた」。入局後は夕方ニュースのメインキャスターを務めるなど、局の主力アナとして活躍した。

 結婚を機に退社後、嫁ぎ先の都内でフリーアナウンサーとして司会やCMをこなしていた。出産後、近所のカルチャーセンターから朗読教室の講師をできないかと頼まれ、「書かれたものを読むのはアナウンスも同じだと安請け合いし」、朗読の世界へ飛び込んだ。

 基礎を身につけるため講座などに通った。舞台朗読の草分けである幸田弘子さんの朗読会に参加した際、その高い完成度に衝撃を受けた。「自分はなんて甘い考えだったのか、人に教えるなどとんでもない、と。深く恥じ入り、うまくなりたい思いに火が付いた」

 中村さんは幸田さん主宰の教室に通うことを決め、受講生でつくる朗読グループにも入会。05年にはグループの朗読会で太宰作品を読むことなった。しかし太宰作品は「走れメロス」しか読んだことがなかった。

 何を朗読しようか。太宰作品を読みあさった。そのうちに暗い作家というイメージが消えた。「明るくてほっこりしたものが多く、それならと津軽なまりで読んでみた。幸田先生に『あなたにしかできないこと』と初めて褒められた」

 全て津軽弁で書かれた短編「雀こ」と出合い、どうしても読みたくなった。09年、単独朗読会を開くことを決心し、雀こを初披露した。「聴衆からは、意味は分からないけど音のリズムや繰り返しが楽しいと言われ、手応えを感じた」。太宰の長女で今年亡くなった津島園子さんからも「太宰作品を津軽弁交じりで伝えられるのは中村さんだけ」と激励されたという。

 中村さんに先月下旬、幸田さんの訃報が届いた。「本当に悲しいが、及ばずながらも師の教えを引き継ぎたいし、私だけの味わいも磨きたい」。津軽弁を宝物のように大切にしながら、豊かな言葉の流れで聴き手を包む「中村スタイル」を貫く決意だ。「方言が身の回りからなくなるのではという危機感もあり、方言と朗読の素晴らしさを伝えていくつもり。まだまだ先は長うございます」

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 <なかむら・まさこ 1964年青森市生まれ。青森高校-中央大卒業後、福島テレビ入局。退職後は主婦、母親の傍らフリーアナウンサーとして活動。朗読は幸田弘子さんに師事、太宰作品を中心に小説などの舞台朗読を各地で上演。夫はプロ棋士の中村修九段>