17年連続となった昨年5月の東京コンサート。今年は新型コロナウイルスの影響で断念した=東京都大田区のホール(吉岡さん提供)

 東京と故郷の八戸で、歌手活動とともに歌で人の苦痛を和らげる音楽セラピーを行う吉岡リサさん(61)=都内在住。墨田区で定期的に開く高齢者向け音楽療法セミナーの講師は今年で15年目、主催団体から9月に感謝状を贈られた。コロナ禍の影響で活動の場は大きく減ったが、音楽の力を信じ将来を見据える。

 セミナーは墨田区のNPO法人「てーねん・どすこい倶楽部」主催で、吉岡さんは2006年から教えている。「歌うことが脳を活性化し、舌の動きを鍛えるとしっかりした嚥下(えんげ)に結びつく」。脳梗塞の男性が、治療と吉岡さんのセラピーの成果で自力で食事ができるようになった例もあるという。「男性の家族が私の助言に耳を傾けて支えたおかげ。でも音楽の力とも言える」

 講師就任を機に音楽療法を学び始め、本場のオーストリアや英国にも赴いた。同NPOの他、都内や八戸市の高齢者施設でも演壇に立つ。「私が歌って教えるだけでなく、一人暮らしの高齢者の話を傾聴することも大切」と心構えを語る。

 歌手になったのは偶然だったという。米国留学した先輩に刺激を受け高校卒業とともに上京。会社勤めやアルバイトで資金をため、1981年から約4年、米国に留学した。帰国後はスキルを生かし都内の外資系企業に勤務。ある晩、たまたま入ったスナックでカラオケを披露すると店中の客から絶賛された。カラオケ教室に通い出し、勧められて3カ月後のカンツォーネ大会に出場すると見事入賞。「そんな流れで、OLをしながら銀座のシャンソンの店で歌うようになりました」

 歌で生きると決め会社を退職した吉岡さんに02年、好機が訪れる。東北新幹線八戸駅開業のイメージソング「北の街へ」の歌い手に抜てき。シングルCDや初アルバムを発売し、プロ歌手の道を歩み出す。都内と八戸で定期的にコンサートを開き、イベントにも精力的に出演。「営業も含めると年20~30ステージ」という多忙な日々となった。

 会社員時代も含めて2度のがんを克服、歌にまい進してきた吉岡さん。しかしコロナ禍は約20年の歌手生活で最大の苦難だと感じている。「感染防止のためコンサートが実質的にできなくなった。悔しくて、つらくて…」。高齢者相手が多い音楽療法も継続が難しくなり、墨田区でのセミナーも9月を最後とした。「故郷に帰ろうか、そう思うようになっていました」

 活動拠点を東京から八戸に移すことを考えている吉岡さん。故郷でも歌を取り巻く環境が厳しいことは覚悟している。「歌手活動だけを続けるのは難しい。音楽療法も続けたいし歌唱の指導もしたい。3密になる状況を慎重に避けつつ、でも歌は続けるつもりです」

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 <よしおか・りさ 1959年、八戸市出身。八戸東高校卒。81~84年に米国へ語学留学。帰国後は外資系企業に勤務、音楽活動も始め、2002年プロデビュー。日本音楽療法学会、日本音楽医療研究会所属。八戸特派大使、青森ほたて大使(初代)なども務める>