●特別選 「雑詠」 雁部貞夫選
 ◇天位
雪国に生きていることそれこそがたたかいなのだ今日も雪掻く
十和田 星野綾香
【評】青森県という日本有数の雪国で暮らす人の、厳しい「自然」相手の冬の生活を詠んだ、文字通りの生活者の歌。寸分の弛みのない鋼(はがね)のような歌だ。「青森」という風土の持つ特質をみごとに把えた秀作である。

◇地位
K2を映像に視る息を呑む振りむく事は許されぬ山
青森 櫻庭喜久枝
【評】この歌も映像を通して得た山の厳しい印象を伝えた歌。K2はエベレスト(8848メートル)に次ぐ世界第二の山(8611メートル)だが、その難しさにおいては、世界一とうたわれる高峰。登山のルートをのんびり振り返って眺める余裕など全く許されない程の厳しさがこの歌からも伝わる。ヒマラヤはまさに「天国と地獄」を体現する場だ。

◇人位
胸壺に朝露落とし林檎もぐ愛しき君に唇寄せて
青森 神千巖
【評】天位と地位の二つの歌が、厳しい風土を詠んだ作品だったが、今度は「青森」の明るく、優しい、もう一つの県民性がよく表れた作だ。「胸壺」という冒頭の一語が珍しいが、これもこの地では普通に使われているのかもしれない。愛しい「リンゴ娘」を歌ったものと解釈した。青森を象徴するような作品だ。

◇秀逸
エノラ・ゲイ広島へ飛び投下したあの惨状を語り継がせよ  青 森 柴田 重虎
 大型のトラック道をゆずりくれ丸太を積みてゆうるりと行く  十和田 福井 元子
 少年兵の友の墓標はまっ赤っ赤ひぐらし一つの声はね返る  つがる 中村 雅之
 早朝の枝打つ音の清々し親子かナタの動きが揃う  十和田 大井有希子
 星のやうに辛夷は咲くと言ひしひとよ大釈迦峠に星が灯るよ  つがる 兼平あゆみ

◇佳作
頬を射す夏日に笑ひぱっと咲くデーサービスの妻「またねっ」て  青 森 佐藤 武
コロナ禍に城門鎖しし弘前公園“霞か雲か匂ひぞ出づる”  弘 前 工藤 邦男
厚切りのレモンを浮かせ紅茶飲むコロナ疲れをいやさん夕べ  青 森 安田 渓子
綿菅の白のふわふわ残雪の八甲田(はっこうだ)を背に揺れて初夏  青 森 今 貴子
高校の跡地の錆びたバックネットに夢の続きと朝顔からむ  青 森 田邊 亨
赤彦の歌学びきて四十余年老いて戸惑ふ此の頃の歌  弘 前 菊池みのり
太宰碑に「絶望するな」の文字のありされど自死せし三十九歳  青 森 寺澤 武麿
たんぽぽの綿毛のようにふんわりとやさしく老いる日々でありたし  十和田 小笠原さめ
喫茶店の大きな窓に顔寄せて雨の落ちくる空を見ている  十和田 佐々木せつ子
前浜に子らも混りて網を引く声の聞きたし鰯雲待つ  八 戸 遠瀬 信子
F・Mに「美空ひばり」が唄っている はるかむかしの空気震わせ  六 戸 古舘 公子
海の果てただ茫々と空に融け鮪跳ねたり津軽海峡  弘 前 永井 怜
「モルダウ」を指揮する吾子のたくましさ想い出しつつ食器洗う  青 森 田澤 ユリ
旅の夜に「草原情歌」を奏でたる二胡の音色に遥かを想う  八 戸 橋本 敦子
別れ際の手の温もりが御守りとなる夕間暮れまた会う日まで  青 森 志村 佳
菜園にEM菌まき土作り茄子もトマトも育つ夏の日  十和田 荻江 幸子
「はやぶさ」と「あさま」「しなの」を乗り継いで母の白寿を祝う安曇野 野辺地 山田 摂
残雪をスキー背負いて嶺目指すざっくざっくにざわめく心  青 森 佐藤 東
疫病も悪虫も村へ近づくなと藁の大蛇が睨みをきかす  弘 前 中村 キネ
いわれなき汚名受けてし古代より「白河以北一山百文」  青 森 市川 久也

●宿題(推薦5首)「色」 藤田久美子選
色褪せし時の匂ひが今もなほひそかに息づく小さき古書店  八 戸 木立 徹
軍服を脱ぐことのなき青年のままなる父に露草の青  十和田 中里茉莉子
古代文字・壁画のごとき絵手紙は女の子の夢の溢れだす色  十和田 小原守美子
海に揺れる金色の道眺め居て君は突然「ワルツを踊ろう」  青 森 佐藤 東
柔らかき「あおもり藍」の醸す色医療用マスクに光の差しぬ  深 浦 佐藤 宏子

●木立徹選
海の色空の色して紫陽花は老老介護の吾を労(いたは)る  弘 前 山内 聖子
軍服を脱ぐことのなき青年のままなる父に露草の青  十和田 中里茉莉子
何もかも中途半端に投げ出して色が揃わぬルービックキューブ  八 戸 佐々木絵理子
SFの映画の予告さながらに白昼人の消えたる渋谷  青 森 風張 景一
水色のマスクで私に蓋をするときめく想いが漏れないように  青 森 志村 佳

●三嶋じゅん子選
色褪せし時の匂ひが今もなほひそかに息づく小さき古書店  八 戸 木立 徹
真黒なマスクにも慣れ感染の恐怖にも耐え一日が過ぐ  青 森 井上 文夫
ねぶた囃子じょっぱり衆の出す音色風の狭間をくぐりて聴こゆ  青 森 佐藤ヨシミ
「おっ」亡夫の声聞くごとし朝の庭ふわっと白い山芍薬さく  十和田 佐藤 京子
ふとぶとと七色の虹たちにけりやめると決めたりんごの畑に  黒 石 島田 興三

●宿題(推薦5首)「顔」 平井軍治選
皺くちゃの顏にたっぷり化粧水つけて爽やか米寿も間近か  五所川原 菊地 美絵
世間とは半分だけのおつき合いマスクの顔で小さく呼吸す  十和田 生出 頴子
深みなく年相応の滋味もない吾の顔なり撮り直しても  青 森 佐藤 裕扇
大きめのマスクでもたぶん隠せないトゲトゲのわが顔と心は  つがる 兼平あゆみ
向き合って笑顔で手話の二人連れ赤とピンクのマニキュアの舞  野辺地 山田 摂

●安田渓子選
暮れ懸る高原の畑に白白と浮き立つごとく夕顔の花  青 森 鹿内 伸也
皺くちゃの顏にたっぷり化粧水つけて爽やか米寿も間近か  五所川原 菊地 美絵
もろ手にてわが面撫づる見えぬ子がかあさんの顔浮びくると言ふ  青 森 藤谷 和子
脱サラし林檎作りに励む孫肩たくましく日焼けした顔  平 川 成田 光雄
ちぐはぐな会話なれども笑顔よき叔母と十五分の面会叶ふ  青 森 竹洞 早苗

●佐々木冴美選
滋(しげる)氏の温顔忘れじ千四百回の講演続けて「めぐみを返せ」  弘 前 菊池みのり
緊張の顔のならびて認知症検査を受くる七十路仲間  十和田 佐々木愛子
敬いし上司教えに顔施あり古希の今なお我をば諭す  青 森 三上 巽
こしかたのなべてを刻むわが老顔最期は感謝の笑みにてあれな  弘 前 田中 雅子
妹は十五の春の顔染めて就職列車に発ちてゆきたり  黒 石 島田 興三

●宿題(推薦5首)「失う」 三川博選
平凡なフライを逸しし九回のまさかの失策いまに忘れず  青 森 千葉 哲明
嫁に出し失われたるかわが日常夕餉の卓は白黒テレビ  十和田 小原守美子
失ひし言葉拾ひて片言の母と歌ひき「りんごの唄」を  弘 前 佐藤 啓子
失いし指の感覚六十年過ぎたる今も痒き指先き  青 森 三橋 聖
言の葉も失せしあなたはそれとなく小さき仕草で心つたへる  黒 石 島田 興三

●中里茉莉子選
初乳を飲む気力さえ失える子牛を呼ぶごと親牛叫ぶ  十和田 小笠原とみ子
失ふもの何ももたざる水馬(あめんぼ)とふたりゐるなり 日照雨(そばへ)ふる庭  つがる 中村 雅之
今もなほ海界(うなさか)深く眠りゐむ失ひし同胞の霊(たま)きよらかに  青 森 間山 淑子
耳までの黒マスクさへ日常となる街 失せし日常を恋ふ  弘 前 赤坂千賀子
雪消えて足裏に春の気配踏む失敗なしと畑に種まく  おいらせ 苫米地昭子

●中村あやめ選
夕焼けの遺した青が呼び起こす片脚失ふ遮光器土偶  弘 前 長利 冬道
梅雨の間の見上げる空に虹がたち失いしものよみがえる朝  十和田 大井有希子
染め物屋百件失せし弘前の江戸をぽつりと語る藍甕  弘 前 山内 悦子
「おーい」と呼ぶ声が聞こゆる山の中母の姿を見失ひたり  六 戸 安藤 トワ
少女期に失いしリボンの色なして堀の水面に桜散り敷く  む つ ■橋やす子