缶バッジを手にする駄場さん。後方の書棚の右上にあるのが「晩年」の初版本

 作家・太宰治が住み、多くの作品を執筆した東京・三鷹市に、開店19年目の古本カフェ「フォスフォレッセンス」がある。書棚に囲まれて数席があるだけの小さな店だが、全国の太宰ファンが「一度は訪れたい」というあこがれの場所だ。

 店主の駄場みゆきさん(54)は関西出身。太宰の故郷・青森県に縁はないがファン熱が高じて三鷹に店を出した。「太宰さんは私にとって神。といってもあがめる神ではなく、見守ってくれる存在なんです」

 在庫の多くが太宰の著作や関連本。中でも第一創作集「晩年」の初版本(非売品)は限定500部とされる希少品だが、店内では手にとって読めるとあってファンの注目を浴びる。太宰の誕生日で桜桃忌の6月19日にはファンが語り合う討論会も開かれる。

 「太宰愛」に点火した作品を問うと「20代で初めて見た太宰さんの写真。寂しげな顔に母性本能が刺激された」。これで作品にのめり込んだ。「手当たり次第読んだ。文章の美しさは比類なく、時代に左右されないテーマが、語りかけるように距離を詰めてくる」

 30代になり、同じく太宰マニアの愛媛県の男性が管理人をしていたホームページ(HP)が気に入った。1999年の桜桃忌に、HPで知り合ったファンらが三鷹で交流することになった。当時住んでいた京都から参加した駄場さんは「太宰さんの導きのように」太宰の墓前で管理人の男性と運命的に出会い、2001年に夫婦となる。

 三鷹に住み、古本カフェを開く決意をした駄場さんが店名に選んだのは太宰の短編の題名だった。「著名な作品ではないがとても印象的な一編。こんな作品もあると知ってもらえれば太宰さんの一助になる、と」

 店には全国のファンが訪れる。お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんも来店した。「晩年」初版本は16年、あるコレクターが他の太宰本とともに贈ってくれた。「若者が古書に触れるきっかけにしてほしいと。気軽に手に取れる店はここだけかも」。五所川原市金木の「太宰治疎開の家」代表の白川公視(ひろし)さんの協力で疎開の家オリジナルの太宰イラスト入り缶バッジも販売中だ。「当店をデザインしたバッジも新たに作っていただいた」。太宰で結ばれた交流の輪が広がる。

 今年の6月19日は新型コロナウイルス感染を防ぐため、恒例の討論会は中止せざるを得なかった。「お客さんも少なく、寂しかったですね」。これからもファンのため、店をずっと続けていくと決めている。「太宰さんが当時感じた雰囲気が、今も三鷹には色濃く残っている。太宰文学に詳しくなくても、三鷹の街を文学散歩して、帰りにちょっと立ち寄って余韻を味わうような、そんな店であり続けたい」

 <だば・みゆき 1966年大阪府出身。立命館大学卒業後、京都府の書店に勤務。太宰治好きが高じ三鷹市に移住、2002年に同市で古本カフェ開業。19年、初エッセー「太宰婚~古本カフェフォスフォレッセンスの開業物語」出版。店舗は毎週火、水曜定休。電話0422-46-1004>