「五輪展」を自宅で開く武山さん。左下に見える64年東京五輪金メダルのレプリカは、現在は入手が難しい品だという
メイン会場の応接間。手前のテーブルに並ぶのがスタンプ入りの64年大会記念切手

 埼玉県川越市にある指圧院の看板が掛かる一軒家。扉には「東京五輪展」の紙が貼られている。「これまで集めた約300点を並べた。小さな博物館です」。武山正伸さん(71)=八戸市出身=が笑う。

 扉を開けると1964年東京大会の金メダルレプリカが目に入る。広い応接間には、参加選手の全記録が手書きで記されたボート競技の公式プログラム、開会式の写真がデザインされた下敷きなどの展示品が。壁には自身が聖火リレーに参加した際に着たシャツ。全20競技の記念切手に各会場にしか置いてなかった記念スタンプを押したものも並ぶ。「切手は古物店で見つけた。他では見られない」

 「五輪と出合い、私の人生は変わった」という。ローマ五輪が開かれた60年、三戸町に住んでいた当時小学6年生の武山さんは、小学校の担任の勧めで学校のテレビで陸上を見た。「格好良かった。運動はからっきしだったのに、家で1人で高跳びなどを練習した」

 家が貧しかったせいで中学ではいじめに遭い「反発してグレた」と武山さん。だが陸上への熱意は変わらなかった。三戸高校では陸上部に所属し好成績を残した。一方で64年東京五輪に熱狂。アルバイトの給料で高価な公式記録集を入手。記念グッズも次々集めた。

 高校時代の恩師だった体育教師のようになりたいと国士舘大学へ進み、教諭としての第一歩を川越市で踏み出した。陸上競技の指導にあたり、五輪や世界選手権の選手を育てた。「人の役に立ちたいと常に考えていた」と武山さん。もっと広い目線で人の体と心を支えようと一念発起、48歳で教壇を降り指圧師を志す。専門学校で資格を取得、開業にこぎ着けた。「指圧院には陸上の指導を請う若者が通う。また教え子たちのたまり場にもなっている」

 ある日、教職の道に進んだ教え子が武山さんに言った。「2度目の東京五輪を前に64年大会の事を子どもたちに聞かれるが、私も覚えておらず困っている」。武山さんは自分がなすべき事がひらめいたように感じた。集めてきたコレクションを見てもらい、五輪の知識と体験を広めよう-。

 「五輪展」は自宅で昨秋開幕。1週間程度で終わる予定だったが見学者や問い合わせが相次ぎ、閉じられなくなった。「故郷のテレビで見て感動した五輪がこんなに人生に関わるとは。五輪の熱気を語り継ぎたいし、もうこうなったら展示は死ぬまで続けます」。目を細めた。

 <たけやま・まさのぶ 1949年八戸市生まれ。三戸高校、国士舘大学卒業後、埼玉県川越市で体育教諭となり陸上競技を指導。97年に教職を離れて指圧師の道へ進み、同市に「あすなろ指圧院」を開業。指圧の傍ら陸上競技指導、悩む教職員の相談対応、講演活動などを行う。問い合わせは武山さん(電話090-1210-1886)へ>