真っ赤に焼けた鋼を鍛える佐藤さん=東京・八王子市の工房
佐藤さんの作品。右から太刀、短刀、柳刃、やりかんな

 東京・八王子市。春めいた高尾山の麓に「カン、カン」と金属音が響く。音に合わせて広がる火花が桜吹雪のよう。真っ赤に焼けた鋼につちを振るうのは佐藤重利さん(75)=大鰐町出身。「原子番号6番の炭素が26番の鉄とどう絡むのか、刀の先端で球状炭化物が整列しているか。腕の見せどころ」。理論派刀匠だ。

 「八王子は室町時代から江戸時代まで続いた、下原刀(したはらとう)の生産地だった」と、同市で抜刀を伝える磯沼孝さん。衰退した下原刀を復活させよう-。磯沼さんと佐藤さんの思いが重なったプロジェクトが2018年に始動した。地元の砂鉄を用い、伝統の「たたら製鉄」で作った日本刀の材料・玉鋼(たまはがね)を佐藤さんが鍛え、渾身(こんしん)の一振りを仕上げた。下原刀は昨春、高尾山に164年ぶりに奉納された。

 ラジオを作るなど「子どものころから理系だった」という佐藤さん。弘前高等電波学校(現弘前東高校)卒業後に上京し、学校教材販売会社に就職。27歳で独立した。38歳で「彫刻刀など扱う刃物の善しあしを見極めたいと、日本一とされる新潟県の鍛冶師に弟子入りした」。金属を専門的に学ぶ専修学校にも通った。

 経営者、鍛冶師の弟子、学生と三足のわらじを履く日々は忙しく、でも苦ではなかった。日本刀への関心が高まり45歳で岐阜県の刀匠に弟子入り。厳しい修業を経て1990年、刀鍛冶の技術を認められる文化庁の研修を修了した。今は八王子市にある自社の代表取締役を務め、週末は刀のほか包丁、宮大工が使うかんななどを鍛える日々だ。

 「科学も腕のうち」が信条。「鉄の融点は1538度。製鉄場の高炉は約1700度と高温で、鉄に他の金属が入り合金化することがある。玉鋼は1500度より低温で作るため純粋な炭素鋼になる」。純炭素鋼を正しく鍛えるため、刀の表面に美しい木目模様が浮かび、切れ味と強さを併せ持つ。下原刀の特徴だ。

 もちろん原料の砂鉄、刀作りに用いる粘土や木炭、稲わらの灰にもこだわる。「下原刀に使う浅川(八王子市)の砂鉄は岩木川の砂鉄と似ている。わら灰は大鰐の兄が雪の上で作ってくれたものが不可欠」。生まれ故郷の材料を使った一振りの制作に思いをはせる。

 大鰐町に里帰りすることもあるという佐藤刀匠。物事に正面から向き合う性格に育ててくれた故郷と両親には「感謝の思いだけ」とはにかんだ。

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 <さとう・しげとし 1944年大鰐町生まれ。本名・利美。東京都八王子市在住。新潟県の岩崎重義氏に刃物鍛冶、岐阜県の大野兼正氏に刀鍛冶を師事。1990年、文化庁の美術刀剣刀匠技術保存研修会を受講。年数人という合格者の一人となる。2002年には茨城県鹿嶋市などの依頼で、全長2.5メートル余の「平成の大直刀」を鍛えた>