日本列島をほぼ徒歩で2600キロ以上旅し、宗谷岬に到達した竹内さん(本人提供)

 60代に入ってなお、世界と日本を歩き回る。平内町出身の竹内康一さん(68)=板橋区=は定年退職後、ユーラシア大陸横断や南米ヒッチハイク旅行などに次々挑戦。昨年は鹿児島県最南端の佐多岬から北海道最北端の宗谷岬まで、陸路のほぼ全行程を歩くというチャレンジに成功した。

 元々登山が趣味。「若いころは米国の6千メートル級の山にも登った」。退職後は時間もでき、「中央アジアから南欧までユーラシア大陸を横断した」という。

 2018年、アルゼンチンやチリを約3カ月かけヒッチハイクなどで旅した。欧州からの旅人に「日本にも歩く所は多いだろう。母国を歩くべきだ」と言われた。「小さいころに日本縦断成功の話などを聞き、挑戦を夢見ていた」と竹内さん。欧州からの旅人の言葉で、夢実現を決意した。

 自転車やバイクでの列島縦断は少なくない。徒歩の場合でも宿泊施設を利用する人が多かった。70歳目前での徒歩と野宿の踏破は例がないと思った。「孫たちなど家族に計画を話して自ら退路を断った。行くのをやめたり、途中リタイアしたら恥ずかしいでしょ」

 佐多岬で第一歩を踏み出したのが昨年3月19日。四国を経て和歌山県で本州上陸。都内の自宅まで歩いて一息つき、再び北へ。5月23日に三戸町から青森県に入り、平内町の実家で英気を養ってから青森市まで歩き6月2日にフェリーで函館市へ。北海道を縦断し、6月22日午前11時15分、ゴールの宗谷岬に立った。佐多岬からの移動距離は2600キロ超、84日の旅だった。宗谷岬近くの住人が「その年で徒歩と野宿で日本縦断とは。聞いたことがない」と称賛してくれたという。

 「宮崎県では野宿予定の駅前で警官に職務質問された。この時は風邪気味で、住民が教えてくれた格安の温泉施設に泊まった」。野宿しなかったのはこの晩だけだった。「差し入れをもらったり、野宿場所の情報を得たり。出会った人々の厚意に支えられた」

 旅は桜前線の北上と同じ時節だった。「各地の花見の光景で心が沸き立った。途中で前線に追い抜かれたが、青葉の美しさも目にしみた」。これまでさまざまな国を旅したが、「日本には緑が多く、美しい国」とあらためて思った。

 日本縦断後、10月にはベトナム、ラオス、タイを、今年1月にはインドネシアを訪ねた。どれも経費を極力かけない放浪旅。詳細を自身のブログ「竹ちゃんの旅日記」に記している。

 「シニアとか年寄りとか言われるけれど挑戦すればできるということ」と竹内さん。「次は北半球一周。中央アジアから未踏の北欧を経て北米へ」。夢は地球を駆け巡る。

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 <たけうち・こういち 1951年平内町生まれ。東京都板橋区在住。青森北高校第1期卒業生。高卒後に上京し出版社に勤務。19歳の時に都内の山岳会の会員となり国内外で登山。ネパールトレッキングは14回に上る。2012年に定年退職し、ユーラシア大陸横断の旅へ。その後も毎年、3カ月程度の海外渡航など放浪の旅を続けている>