旧剣吉中跡地に追悼目的で建てられた「地震観音」の前で、妹・立花千鶴子さんの遺影を抱える国彦さん=8日、南部町内
校庭が崩落、土砂にのみ込まれ生徒4人が犠牲となった剣吉中の現場=1968年5月、南部町剣吉伊勢沢

 1968(昭和43)年5月16日午前9時49分、激しい揺れが学校生活を切り裂いた。恐怖を募らせ逃げ惑う生徒が、大量の土砂にのみ込まれた。旧名川町(青森県南部町)の剣吉中跡地にある伊勢沢公園に、十勝沖地震の悲劇を伝える地震観音がたたずむ。台座側面に、犠牲となった生徒4人と卒業生2人の名前が刻まれている。地震発生から半世紀。遺族、当時の教員、生徒らにとって、失われた命への思いを消し去ることはできない。

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