ホップ畑でリフト車に乗り、地上から5.5メートルの高さで作業する田沼さん。「今だからできる仕事。あと10年たったらできないだろう」=22日午後、田子町田子日ノ沢
昭和30年代前半の、棟方志功(左)と鹿内仙人。鹿内仙人の右側の襟に「八甲田山バッジ」が見える(酸ケ湯温泉提供)

 ビールの原料となるホップの生産が盛んだった青森県三戸町と田子町。最盛期の1965(昭和40)年に両町合わせて63戸あった農家は、田子町の3戸を残すのみとなった。農家自身は高齢化。担い手と後継者不足が暗い影を落とす。半世紀以上の歴史ある農業が、青森県から消える危機にひんしている。

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