特別選者 東直子氏講演 個人の真理と時代を投影

記念講演する東直子氏

 

 

 

 

 

 戦後から現在まで若い人の間で短歌はどう詠まれてきたのか。近藤芳美の〈たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき〉は戦後すぐの青春歌。思いの中に音楽を広げ、ロマンが感じられる。寺山修司の代表歌〈海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり〉も、相手の中に伸びやかなイメージの広がりを見いだす点で近藤と共通する。
 高度成長期の日本の時代感覚は短歌にも反映される。佐佐木幸綱の〈サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝(なれ)を愛する理由はいらず〉は、サ行を使って爽やかさ、愛らしさを表現。ただ、下の句は重い。昭和の短歌は「愛とは何か」「相手を思うとは」など問いを見いだそうとした。この歌も「私を愛する理由はいらない」に到達する上でまず問いがあった。
 塚本邦雄の〈馬を洗はば馬のたましひ冱(さ)ゆるまで人戀(こ)はば人あやむるこころ〉も「人を恋うとはどういうことか」を問う。人を殺(あや)めても自分のものにしたいという究極のエゴであり一つの真理。河野裕子の〈青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり〉。恋愛を青林檎(りんご)にたとえたのがみずみずしいが、「唯一の積極」が硬い。昭和の思索的部分が見られる。
 栗木京子の恋の歌〈夜道ゆく君と手と手が触れ合うたび我は清くも醜くもなる〉もどこか内省的。完全にわれを忘れる感じでなく、そこに感情分析がなされ、思索的なものを加えている。それを支える文体として文語が選ばれた。
 バブル期は口語による軽やかな会話を生かした歌が20代を中心に現れる。その象徴が俵万智〈「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉。内省的な惑いや思索から逃れ、楽しげな場面だけが描かれる。自分や相手、関係性のいずれに対してもポジティブに包まれている。
 この時期の短歌はドラマのような場面を設定し、その中の一瞬を切り取って恋の気分を閉じ込める。主人公は私とあなたで、どの人も輝く。穂村弘〈体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ〉。「雪だ」とうまく言えない様子を言葉の組み立てを巧みに使って鮮やかに見せた。
 口語を使うことが日常化する中、バブルがはじけて少し変わってくる。吉川宏志の〈窓辺にはくちづけのとき外したる眼鏡がありて透ける青空〉のポイントは文語での表現。口語短歌が爆発的に浸透した後で、意識的に文語を使ったのでは。内省的部分や文語を復活させつつ、思索的な面は直接書かずに場面として描くように詠む。
 私もこのころ、短歌を作り始めた。〈廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て〉。桃の皮をむきながら、地震で廃村になる記事を読んだ時、文字が溶け、小さな村が消えていった。見知らぬ所が滅んでいく悲しさ、いま会いたい人に会いたいという、場面に心情を託した歌。
 「ロストジェネレーションの時代」と言われ、将来への不安が現実視された平成20年代、若者が詠う短歌も大きな過渡期にあった。インターネットで短歌を知って参加する作家が出てくる。笹井宏之の〈ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす〉。身体表現性障害の笹井は15歳からほぼ寝たきりの生活で過ごした。自分のイメージ、内的ファンタジーを、短歌という形に閉じ込め、新しい世界を提示した。自分の内側から出てくる純粋な祈りのようなものがあった。
 未来への展望をうまくつかむことができない若者は歌にどう表現したか。象徴的作品が永井祐の〈ふつうよりおいしかったしおしゃべりも上手くいったしコンクリを撮る〉。それほど深刻でなく、飄々(ひょうひょう)と今日を楽しく生き抜ければそれでいいんだという感じ。短歌で描かれる場面はより日常化したが、何でもないような場面も切り取られる。日常の描写がドキュメンタリー化していった。
 平成の終わりから、作品の方向性は多様化した。素材がより自由になり、詠みたい切り口も人それぞれ。この頃、若い人が恋愛の歌をあまり詠まなくなった。恋愛に関心がなくなったのか、恋愛を詠うことに辟易(へきえき)しているのか。
 バリエーションの面白さを感じさせるのは山川藍の〈一時間待たずにゾンビに食べられるキャラだろうからかんべんしたる〉。無力感や絶望感をユーモラスでシニカルに描き、息苦しさの中に抜け道を見つけて生きる日常を描いた作品。山階基の〈友人が嘔吐している 友人はわたしの前で嘔吐ができる〉は、同じ空間で生きる友人への繊細な心理を描写。新しい時代の人間関係、複雑な心理を繊細に詠んだ歌で注目される歌人の1人だ。
 若者は恋愛を詠うものと固定的イメージで捉えられてきたが、いまは「何でもあり」の時代。いったい何が飛び出すか分からないが、楽しみでもある。時代とは関係ない個人の真理と、でも、どこかで時代の気配も投影されていくのだろう。