東京・中野のキリスト同信会に保存されていた機関紙「おとづれ」。大正2年の大凶作時の記憶が静かに閉じ込められていた。左ページ3段目に「浅田又三郎」の名が見える
4月の伝道を記録した「おとづれ」大正3年7月発行号の一部分。「常盤村」「碇ケ関町」などの地名が見られる

 1913(大正2)年の大凶作に際し、青森県の状況を記した新聞が、東京・中野のキリスト教団体「キリスト同信会」で新たに見つかった。当時、藤崎町出身のキリスト者で実業家の長谷川誠三(1857〜1924年)が大量の救済米を購入したという逸話が知られているが、記事にはこの救済米が伝道とともに県内各地に配布されていった様子が克明につづられている。凶作史の一端として注目され、長谷川の事績を具体的に裏付ける記録にもなっている。

東奥ウェブ読者くらぶに入会されると記事全文と全ての掲載写真がご覧になれます。東奥ご愛読者限定サービス(ご購読者登録無料)