自宅で、自らまとめた父・岩蔵さんの資料を見る逢坂さん
父・岩蔵さんの足跡と、その後の日章旗の動きを線で結んだ地図

 不思議な体験をした。1979(昭和54)年、青森市遺族会会長の逢坂巖さん(78)は第2次大戦で戦死した父・岩蔵さんの慰霊のため、フィリピンのレイテ島を訪れていた。深夜2時半ごろ、「ドンドン」と、銃剣で床を鳴らす音。目の前に軍服姿の男性が現れた。顔は、逢坂さんが物心つく前に戦争に行った父の写真そのまま、24歳で時が止まっていた。「ここまでよく来た。ドブロクは持ってきたか」。農漁業に汗を流し、よくドブロクをつくっていたという父らしい言葉。夢かもしれない。うれしい、悲しいという感情はその時無かった。だが「父の魂が、自分のそばに来てくれた」と確かに感じた。2003(平成15)年の同島再訪時、忘れず酒を持参し、思いを込め、父が散った島の海に注いだ。

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