カウンター内で開店前の仕込みに励む高橋さん=東京・神楽坂の「牧」

 日本髪に和服の芸者さんたちが急ぎ足で小路を行き交い、今も花街の風情を色濃く残す東京・神楽坂。お座敷のある料亭「牧(まき)」で、料理長として包丁を握るのは五戸町出身の高橋幸男さん(74)=横浜市在住=だ。

 「うちの店は常連さんが多いんです。じっくりと腰を落ち着けて、芸者さんと会話や食事を楽しむ。週に4、5日いらっしゃる方もいますよ」

 この道58年。2004年には国の「現代の名工」に選ばれた。東京調理師振興会会長、日本料理研究会副会長のほか、台東区にある調理学校の校長も務め、多忙な日々を送る。

 温かい物は温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに。一品一品を最善の状態で提供できるよう心を砕く。

 「季節に合った食材選びはもちろんだけれど、その日の天候、お客さまの年齢、性別なども考慮しますね」と語る。その時のお座敷の雰囲気、宴(うたげ)が始まってからの時間の推移なども見ながら、盛り付ける分量や味の濃淡などを決める。

 八戸のウニやサバ、十三湖のシジミ、陸奥湾のホタテなど県産品を食材に選ぶことも多い。地元である倉石牛もイチオシだという。

 15歳の時、親戚が経営する岩手県の温泉旅館で料理人としての第一歩を踏み出した。「まだ若造でしたね。鼻歌交じりで仕事をしていたら肉をひく機械に指を挟んで大けが。厳しく怒られ、深く反省しました」と笑う。

 盛岡市の料亭を経て東京で修業。著名な料理人に弟子入りし、大きなホテルで経験を積む。20代の終わりには大手企業がブラジルに開いた日本食レストランの料理長となった。

 「日本料理には守らなければならない基本があるけれど、要望に合わせて臨機応変に対応する力も求められる。南米のおおらかな風土は、私の性格に合っていたと思います」

 手元には、読み込んでボロボロになり、たくさんの付箋が貼られた古い参考書「日本料理献立大鑑」がある。表紙をなでながら「料理人としていろんな経験をさせてもらった。場面場面で支えてくれた人たちとの人間関係を大事にしているから、今の自分があるんだと思います」と力を込めた。