皇居近くの紀伊国坂を疾走する山田さん。「坂を走ると、地域の歴史などいろいろなことが見えてくる」と話す=東京都千代田区

 東京都内を歩いていると、思いのほか坂道が多いことに気付く。しかも「紀伊国坂(きのくにざか)」「行人坂(ぎょうにんざか)」など名のつく坂がかなりある。そんな東京23区内の名のある全ての坂の走破に挑んだのが、七戸町出身、都内在住の山田安秀さん(53)だ。

 走り抜いた坂は923カ所。23区内全て、とみられるが…。「坂を網羅したデータはないんです。インターネット上の坂に関するサイトや区役所の地図を参考にしているが、漏れも多い。現場に行ってみたり、地元の人に聞いて発見することもある。だから、これからも発掘して増える可能性は大です」と笑う。

 もともとは経済産業省職員。三本木高から北海道大学に進み、同大大学院修了後、1988年に通商産業省(当時)に入省。2004~07年にはタイ国に赴任。14~17年まで内閣審議官として新型インフルエンザ、エボラ出血熱などの感染症対策を指揮した。

 本格的に走り始めたのはタイから帰国後。駐在中は車移動ばかりで足腰が弱った。大学時代に部活動で痛めたひざの古傷もあり、医師に「筋肉で補強するのがいい」と勧められた。負荷をかけるためには坂を走ろうと、13年4月から坂道を中心にランニングコースを設定するようになった。

 徳川家康の遺訓とされる「人の一生は重荷を負いて遠き道をゆくが如し」を「遠き坂を上るが如し」と言い換えて人生訓にする。「坂を走るのは仕事のストレス解消にもなる」。現在は坂探訪の範囲を多摩地区まで拡大しつつ、フルマラソンにも挑戦している。

 一方で「このままでは、ただの物好きで終わってしまう」と、坂や走ることを切り口に、さまざまな活動を模索中だ。

 一つは、はだしで歩くせいで足の感染症が深刻なアフリカに、履かなくなった運動靴を贈る活動を広げること。非政府組織(NGO)「日本リザルツ」のプロジェクトに賛同し、ランナー仲間などに呼び掛けて協力を募っている。

 もう一つは、坂を切り口にした地域振興の展開。タレントのタモリを筆頭に「坂道ファン」は少なくない-とみる。「撮りためた4千~5千枚の坂の写真を使い、ホームページをつくりたい。坂周辺の飲食店情報なども掲載したら、観光振興につながるのではないか」。青森県内版もつくれたら-と思いは膨らんでいる。