学長を務めながら新体操選手の指導を続ける石崎さん

 リオデジャネイロ五輪の熱戦も終盤。青森市出身で日本女子体育大学の石崎朔子学長(68)=調布市在住、旧姓・石郷岡=は、同大の学生が出場する新体操競技(現地時間19~21日)を現地で観戦するため地球の裏側へ飛び立った。日本新体操の黎明(れいめい)期から指導を続け、数々の才能を見いだしてきた先駆者は「五輪でメダルをとらせたい」と強く願う。

 青森中央高校卒業後、同大に進学した。「新体操って何?という時代。大学に指導者がいないので、選手をしながら下級生に教えていました」。全日本選手権で個人5位の成績を残し、卒業と同時に現役引退。助手として大学に残り、本格的に指導者の道を歩むことになった。

 今でも忘れられないのが、1973年のオランダ・ロッテルダムでの世界選手権。「教え子を送り出そうと自分の青春を懸けた」。選手の弁当もつくって競技に専念できる環境を整え、1人を世界の舞台に押し上げた。「自分が世界に行けなかった思いを晴らす感じでしたね」と振り返る。

 その後も五輪や世界選手権に多くの選手を送り出し、92年バルセロナ、96年アトランタと五輪に連続出場した山田海蜂(みほ)選手、2000年シドニー五輪団体総合5位メンバーの中嶋理恵選手、稲田亜矢子選手らを育てた。日本代表コーチや審判員を経験し、国際体操連盟からは最優秀審判員賞も贈られた。

 14年4月に同大学長に就いてからは、職務が立て込んで体育館に足を運ぶことが難しくなったが、リオ五輪団体総合メンバーには同大から4年生の畠山愛理、1年生の熨斗谷(のしたに)さくら両選手が選ばれた。

 「指導というのは、時間を区切ってはできない。惜しみなく手間暇をかけて、情熱や目標を選手と共有することが大事なんです」

 残された課題は、五輪でのメダル獲得だ。「やっぱり五輪でメダルをとらないと競技スポーツとして着目してもらえない。実力はついてきている」と期待を寄せる。

 そのためにはミスなく演技を終えることが絶対条件。大舞台に立つ「フェアリージャパン」に、会場で熱いまなざしを送る。