スタッフと新作「息衝く」の編集作業を進める木村さん(右)

 「その時代を生きている人たちの、声にならない叫びを撮りたいんですよね」

 穏やかながら、芯の強さを感じさせる口調。弘前市出身の映画監督・木村文洋さん(35)=東京都東久留米市=は、3作目の長編「息衝(いきづ)く」制作が大詰めを迎えている。

 主人公は、母と一緒に本県を出て約20年間東京で暮らしている青年。都会と地方の現状、東日本大震災と原発事故、政治と宗教など骨太のテーマが絡む。長編1作目で2008年に公開された「へばの」の続編でもある。

 「へばの」はカイロやロッテルダムの国際映画祭に出品。弘前市などでも上映された。公式ホームページに映画監督の横浜聡子さん(青森市出身)、山下敦弘さん、松江哲明さん、鎌仲ひとみさんらがコメントを寄せている。

 弘前高校に在学中、ビデオで見たある映画が深く心に残った。登場人物は少年。片思いの少女が転校してしまう。自分の力ではどうにもできない状況で、でも何かをしようとする姿を描いていた。

 京都大学で映画サークルに所属し、二十歳で作品を撮り始めた。撮影、録音、照明などを担うスタッフからの意見は貴重だが、何でも受け入れてしまうと監督の描いたイメージがぼやけてしまう。

 しかし、監督本人しか理解できない作品にはしたくない。予定調和のように最初からエンディングが想像できる映画も作りたくない。見る側が「何だか訳が分からなかったけど、なぜか分かることがある」とまで思ってくれたら、それこそ映画を体験することの醍醐味(だいごみ)。「世の現実の方が、まず訳が分からない」と笑う。

 警備員の仕事をしながら映画作りに時間を割く。熱意を持ち続けるのは楽ではない。

 「東日本大震災の後で映画界の先輩に言われました。会社など組織に所属する人は、社会に言いたいことが言えない状況もある。だから僕らのような、しがらみのない者がまず表現していかなければ-と。表現者とは本来、良くも悪くもまずは自由を引き受ける存在。だから僕はこの仕事を続けているんだと思いますね」

少年期の体験が原点

 少年時代の体験が一つの原点。テレビで正午から放映する国民的娯楽番組が、本県では放送局の都合で夕方に放映された。「世で起きていることを、まず隔絶感として意識したのは(日本の)中心から離れた所で育ったことも影響しているかも」。一方で、日本の原風景が残る青森の自然の美しさを痛感。「いつか無心に映画に映せたら」