モンゴルのレストランで。天井には毛皮があしらわれていた(千葉さん提供)

 1級建築士として東京都新宿区に事務所を構える千葉貴司さん(63)は弘前市出身。首都圏や愛知、和歌山などで商業施設や住宅の建築を手掛ける一方、東京・浅草では商店街のまちづくりに助言・監修者としてかかわってきた。

 本県でも弘前市の「したどてスカイパーク」「弘前蓬莱広場」「津軽藩ねぷた村」や青森市の「JR浪岡駅・地域交流センター」など多くの印象的な仕事を担当している。

 差し出した名刺の肩書きは「造景・建築家」とある。街の景色と建築物との調和を大切にしたい-という意思表明だ。

 「若いころは自分も、独創的で目立つ建物をつくってやろうと意気込んでいました。でも、あるとき気付いた。街の景観を壊しているのは建築家なんじゃないかと。特にモダニズム(近代主義)の人は自己主張も強い。建築の在り方として疑問を持ったんです」

 建物に限らず、街路や公園づくりなど守備範囲を広げてきた。当然、土木や環境なども専門的に学ばなければならないが、元来、ものをつくることが大好きなので、苦にならなかったという。

 そんな千葉さんが2年前から取り組んでいるのが、モンゴルのまちづくり。守備範囲の広い建築家だからこそできる仕事だ。

 経済成長著しい同国は、インフラ整備の遅れや環境保護などが課題。民間主導のプロジェクトにモンゴル政府も関与。千葉さんは毎月1週間ほど、ウランバートルや地方都市に滞在し、それぞれの街の良さを残しながらの開発プロジェクトを進めている。守るべきものを見失わないために、現地の人たちと酒を酌み交わし意思の疎通を円滑にする。

 「人口急増やごみの問題など、かつて日本が経験してきたことなので対応策も分かる。何といっても広大な土地。エネルギッシュな国民…。みんな魅力的です。モンゴルは、私の仕事の集大成になるかもしれませんね」とほほえむ。

 高校卒業のころに流行したフォークソング「青年は荒野をめざす」(ザ・フォーク・クルセダーズ)が、今も胸に鳴り響いている。

浅草ねぷたにも尽力

 弘前高校では文化祭のねぷた制作に夢中になった。東京・浅草でのねぷた運行にも一枚かんでいる。“何かを作って終わり”ではなく、次から次へと物語が発展。「津軽のもつけ、じょっぱりだと自覚してますね」という。少年時代に学校や大人から教わった知識に加え、自然に備わった郷土の気質や風俗が、今の千葉さんを形作っている。