「ボウリングは若い人からお年寄りまでできる身近なスポーツ」と魅力を語る小鹿さん

 今別町出身の小鹿治光さん(72)=川崎市在住=は、今年結成40周年を迎えた「全国実業団ボウリング連盟」の理事長を務める。

 日本各地の企業内ボウラーが、競技を通じて友情や会社間の交流を深めることを大きな目的としており、競技会も全国レベルから地域・ブロックごとまで多種多彩。連盟のまとめ役として、70歳を過ぎた今も忙しく各地を行き来する。

 今別高校を卒業し、道路関係の企業に就職するため首都圏へ出たのは1961年。3年後、ちょうど東京五輪が開かれた年に会社の後輩の勧めでボウリング場へ行ったのが、この競技との出会いだった。「初めてのゲームで127点。立派なもんでしょう?」。以来、約18メートル離れた先にある10本のピン目がけ、ボールを投じる人生が始まった。

 空前のボウリングブームが日本を席巻するのは、まだ数年あとの話で、「当時はプロもなかった時代。周りに教えてくれる人がいなくて、全部独学ですよ」と笑う。職場のチームなどで各大会に出場し、数々の好成績をものにした。

 定年退職すると、今度は連盟の事務局長として奔走、2012年に理事長に就任した。ボウリング場のレーンが規格通りかどうかを確認するレーン検査員の資格も持ち、こちらでも忙しく全国を回る。

 連盟の支部は13年時点で全国に131(本県は三沢、弘前)、加盟社は543に上る。会員の高齢化など懸案はあるが、「40年間よく続いたなぁとも思う」と振り返る。

 「90歳で全国大会に出てくる人もいる。若い人からお年寄りまで楽しめるし、天候に左右されないから大会も企画しやすい。チーム戦なら連帯感も生まれる。身近でコミュニケーションが取りやすいスポーツ」とボウリングの魅力を解説。

 50年の競技歴で得た幅広い人脈は大きな財産だと言い、「今の自分にとっては生きる励み。競技を通じ、いろいろなことを教わった」としみじみと語る。

 「体調が良ければ、今でも180から185(点)は出るよ」とにこり。「体力がある限り、これからも投げていきたい」

願いは故郷の活性化

 連盟の仕事で北海道に行く時などは、できる限り今別町に立ち寄るという小鹿さん。首都圏に住む同町出身者などでつくる「ラブ・いまべつ会」の会員でもあり、「田舎に帰ると、今でも『ただいま』と言うんだ」と故郷への愛情を語る。高齢化と人口減少が進む同町だが、「意識改革し、何とか立ち直ってほしい」とエールを送る。