私の仕事を担当してくれている男性編集者が、なんとなく元気がない。

 そろそろ定年も近づいてきたベテランである。将来のことでも悩んでいるのかな、と思ってたずねてみた。

「どうしたんだい。冴(さ)えない顔してるじゃないか。よければ相談にのるよ」

「いや、大したことじゃないです。心配していただくような問題じゃありません」

「それならいいけど」

「つまらない話なんですよ」

 と、自嘲気味に苦笑して、

「じつは大学生の娘と、ちょっとした問題でトラブっちゃいまして」

「ふーん。彼女のボーイフレンドが気に食わないとか、そういうことかい」

「そんなテレビ・ドラマみたいな話ならいいんですけどね。つまらないことで言い争いになったところ、下の娘やカミさんまでが向こうの味方をするもんですから、目下、孤立状態で」

「なるほど」

 こちらが黙っていると、ややあって照れくさそうに向こうから話しだした。

「娘がわたしのトイレの使い方に、理不尽なクレームをつけてきたんです」

「ほう。それはどういう--」

「トイレで立ったままオシッコをするのは、絶対にやめてくれって。周囲に見えない飛沫(ひまつ)がとびちるから汚いって言うんですよ」

「ふーん」

「イツキさんは、どうしてます?」

「いや、いまはきみの問題を話してるんじゃないか」

「逃げないでください。小をするのに、いちいちベルトをはずして、ズボンをさげて、便座に腰をおろしてやってます?」

「いや、まあ、ぼくは昭和の男だから」

「でしょ。わたしだって昭和生まれです。でも、気をつかって、慎重かつ丁寧にやってる。それでも駄目なんですか」

「ぼくに怒るなよ。つまり娘さんは、その古い男性の意識が許せないんだろう。そこは時代に合わせるしかないよなあ」

「仕事で我慢して、家に帰ってまた我慢して--辛(つら)いっすね」

 仕事で我慢というのはオレの原稿がおそいことか、と言いたかったが黙っていた。

「この家のローンだって、おれが三十五年我慢して払い終えたんだぞ、って」

「えっ、言ったのか」

「いや、それは我慢しました。それを言っちゃおしまいですからね」

 私の故郷である九州の田舎では、戦後でもご婦人がたが立ちションをしている風景がめずらしくはなかった。

 昭和は遠くなりにけり。

 念のため、若い男性の編集者にもきいてみたが、不思議そうな顔をされた。ほぼ全員、ちゃんと座って小をたしているらしい。

 高齢者にも意識改革が必要な時代になったのだ。