もうすでに四十年ちかい昔の話である。

 ある週刊誌で、羽仁(はに)五郎さんと対談をすることになった。

 羽仁五郎さんといえば、戦前、戦後を通じて歴史哲学者として著名な知識人である。岩波新書の『ミケルアンヂェロ』などは、大学生なら一度は目を通す必読書の一冊だった。

 一九六八年に刊行された『都市の論理』は、当時の大ベストセラーとなって注目を集めたものだ。

 そんな一流の知識人と対談をすることになって、まだ新人作家の私は大いに緊張した。

 いくつかの羽仁さんの著書にも目を通し、おそるおそる対談の席にのぞんだのだ。

 その対談は冒頭から羽仁さんの独擅場(どくせんじょう)だった。

「アウシュヴィッツはね、君、あれは歴史の大転回点なんだよ。人類の歴史はアウシュヴィッツ以前と以後に分かれると言うべきだな」

 雄弁に語る大思想家を前に、ふだんは口数の多い私も、言葉ずくなに相槌(あいづち)を打つしかなかった。なんといってもキャリアと知識の差が圧倒的なのである。これでは対談にならない。

 しかし、後半、羽仁さんがもらしたひと言が、私のささやかな抵抗のいとぐちになった。

「美空ひばりは、日本人の恥ですよ」

 と、羽仁さんは言った。

「君は歌謡曲や演歌などの世界を小説に書いているそうだが、あんな歌にうつつを抜かしている限り、日本の民主化は不可能だ。そうは思わないかね」

「思いません」

 と、私は言った。そして、しばらく噛(か)み合わない激しい議論のやりとりが続いた。司会の編集者が困ったような顔で、
「ところでアウシュヴィッツ以後の時代とは、どういうものでしょうか」

 と、割ってはいって、その話題は中断された。

 羽仁さんは、たしかに優れたヒューマニストだった。その識見や分析力などには卓越したものがあったと思う。

 しかし、日本人大衆が愛する歌を、一蹴するのはおかしい、と私は感じた。結局、その話題は、大した記事にはならなかった。

 だが、青くさい若輩の私と正面から向き合って議論することを避けなかった羽仁さんに、私は深い敬意を抱かずにはいられなかった。美空ひばりの歌を耳にすると、ふとあの大知識人のことを懐かしく思い出すのである。

 とはいうものの、美空ひばりの歌を黙殺することは、彼女の歌に心惹(ひ)かれる大衆の心情を無視することではないかと思う。

 戦前、戦後を通じて、この国の正統的な知識人と庶民大衆のあいだには、「深くて暗い河」があった。

 いまなおその間隙(かんげき)を埋める道を探すのは難しい。

 戦後の思想家、丸山真男(まさお)は、「インテリ」と大衆のあいだに「亜インテリ」という層を仮定した。その「亜」という表現に、私は今なおこだわり続けている。