「健康は命より大事」

 などというジョークが流行(はや)ったことがあった。もう何十年も昔のことだが、最近、ふたたび健康ブームが異常に盛り上がってきているようだ。

 週刊誌やテレビなどでも、健康に関する記事や番組が花盛りである。カラスの鳴かぬ日はあっても、健康にまつわる話題を耳にしない日はないといっていい。

 「過度に健康に気を使いすぎるのは、ひとつの病である」と私は思う。「食べてはいけない食品」とか「飲んではいけない薬」とかいう記事に一喜一憂していたのでは暮らしていけない。「なるほど、そうか」とうなずいて、心の端っこにとどめておくぐらいで丁度(ちょうど)いいのである。

 などとわかったような事を書きながら、実は私も健康についてのニュースに振り回されている一人だ。

 数年前から寝ている間に、何度となくトイレに起きるので困っていた。友人にすすめられてサボテン由来の錠剤とか、ニンニクの燻製(くんせい)とか、いろいろためしてみるが、どうもご利益がない。

 夕方から夜にかけて、水を飲むのを控えることを試みた。少し効果があった。そのことを健康通の編集者に得意になって話したら、「とんでもないことです。高齢者は日夜ちゃんと水分をとらなければ危険です。血液がドロドロになるから、すぐにおやめなさい」と、顔色を変えて忠告された。

 さらに目下の私の悩みは、歩くときに左脚が痛むことである。『百寺巡礼』などという番組をやっていた頃は、室生寺(むろうじ)の七百段余の階段を何度も登り降りして平(へい)ちゃらだったのが嘘(うそ)のようだ。

 自分が脚が不自由になって、街を行く人たちのあいだに歩行困難なかたがたがいかに多いかということに気づいた。

 病院で診てもらったら、変形性股関節症と診断された。しかし、当面これといった対処法はないらしい。「プールで水中歩行でもなさったらいかがですか」と、すすめられて帰ってきたが、どうも釈然としない。医学書をひろげて読んでみると、太腿(ふともも)のナントカ筋を鍛えることが大事、と書いてある。図解どおりに軽いスクワットをくり返していたら、筋肉がついたせいか体重が二キロ近く増えてきた。これは大変だ。

 脚の故障の対策としては、まず減量というのが常識である。体重が一キロ増えると、脚にかかる負担はその四倍、などと説明してある本もあるではないか。増やすべきか、減らすべきか、目下、まさにハムレットの心境だ。

 最先端医学の進歩は目を見張るほどの成果をあげているが、こういう日常的な不自由に対しては、ほとんどなすすべがないらしい。

 痛む脚を引きずりながら、今日も迷子のような気持ちで生きている。