若い人が本を読まなくなった、と嘆く声をしばしば耳にするようになった。

 読書は人間形成の上で重要な作業である。そこで、なんとかして青少年に本を読む習慣をつけさせようと、いろんな活動が行われているらしい。

 良書を選んで提供する、というのもその一つだろう。優れた作品を読み聞かせることで、活字の世界の面白さを教えるという手もある。

 しかし、そういう上から目線のやり方で、はたして本の魅力が伝わるのだろうか。

 むかし遠藤周作さんがこんなことを言っていた。

「ぼくがラッキーだったのは、子供の頃に、あれを読め、これはいけないなどと言われなかったことだ。勝手に面白いと思う本を読んでいるうちに、読書の習慣がついてしまったんだよ」

 私の両親は共に学校教師だったが、何を読めとか、あれは読むなとか、言われたことがない。だから私は自宅の本棚から、勝手に本をとりだして乱読したものだ。その当時のベストセラーだった森田たまの『もめん随筆』とか、小川正子の『小島の春』、また吉川英治の『宮本武蔵』やパール・バックの『大地』など、いまでも文章を憶(おぼ)えている本がいくつもある。

 父親の本棚には火野葦平(あしへい)の『麦と兵隊』があり、母親の本棚にはモーパッサンの『女の一生』などもあった。

 その一方で、学校の友達からいろんな少年読物を借りて読んだ。佐々木邦(くに)のユーモア小説、山中峯太郎(みねたろう)の武狭(ぶきょう)小説、南洋一郎の冒険小説、そして『冒険ダン吉』『のらくろ』などのマンガ本などである。

 佐々木邦は、戦前、圧倒的な人気を集めた明朗小説の書き手である。『愚弟賢兄』だとか『苦心の学友』だとか、仲間で奪い合うようにして回し読みしたものだ。

 要するに、乱読、濫読(らんどく)のきわみである。良書も悪書も関係がない。

 剣道の有段者だった父は、私に、

「あまり本を読むな。それよりもっと体を鍛えないと立派な軍人になれんぞ」

 と口ぐせのように言っていた。軍国主義華やかなりし時代だったのだ。

 しかし考えてみると、本を読みなさい、と熱心に指導されていたら、はたして私はあれほど活字に夢中になることがあっただろうか。

 そもそもつい百年ほど前までは、普通の人は読むことより聴くことで物事を学んだのである。説教があり、講談、落語があり、芝居があり、浪曲があった。生きた言葉を耳から聴いて世間を知り、世態人情を心得るのが世のならいだった。

 読書は強制するものではなさそうだ。隠れて布団の中で読むような本が身につくのである。スマホしか見ない世代のことを嘆いても仕方がないだろう。

 活版印刷された聖書を読む人々を、堕落したと嘆いた時代もあったのだから。