【写真左】「兄は貧しい農村を救いたかったんです」。自らの記憶や残された記録を基に証言する波多江たまさん=20日、弘前市茂森新町の自宅で【同右】故對馬勝雄さん(「邦刀遺文」より、波多江さん提供)
勝雄さんが残した記録などを基に、波多江さんが亡き夫久吉さんらと編んだ「邦刀遺文」

 青森県弘前市茂森新町の波多江たまさん(104)は、今も1936(昭和11)年の二・二六事件に加わり、刑死した軍人の兄對馬勝雄さん(享年27)の優しかった横顔に思いを寄せながら暮らしている。「兄は貧しい農村を救うため国を変えたかった」-。1991年には遺稿集「邦刀遺文」を自費出版し、自らが見た兄の実像を記録に残した波多江さん。事件のつらい体験から、今も政治に強い関心を寄せている。

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