2010年に熊本市内で見つかった、ハーマン号事件を記録した絵巻物の一部。座礁直後、甲板で慌てる人々や信号弾が打ち上げられる様子がリアルに描かれている(提供・里美裕子氏)
弘前青年会議所が開いた「城下町シンポジウム」でハーマン号事件を紹介するパンフレットを配る黒部さん(左)=2010年6月、弘前市民会館

 明治維新当時、弘前藩が箱館戦争で新政府側について反政府軍と戦った際、その援軍に船で向かった熊本藩兵ら200人以上が現在の千葉県勝浦市川津沖で遭難、犠牲となった1869(明治2)年の「ハーマン号事件」から、13日で150年となる。これまで、青森県で事件に光が当てられる機会は少なかったが、藩兵らの救助に当たった地元勝浦市では、今でも動乱の時代が生んだ悲劇の一幕として語り継がれており、事件があった13日には恒例の慰霊祭が行われる。

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