<いつき・ひろゆき 1932年福岡県生まれ。早稲田大学中退。66年「さらば、モスクワ愚連隊」で作家デビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞を受賞。代表作に「風に吹かれて」「戒厳令の夜」「大河の一滴」「風の王国」など。2008年から14年まで、東奥日報などで「親鸞」三部作を連載した>

 このところカラスの鳴かぬ日はあっても、「百歳人生」という言葉を耳にしない日はありません。

 つい先ごろまでは「人生五十年」といわれていたものです。それが一挙に倍になったのですからショックを受けるのも当然でしょう。

 さて、この人生後半の五十年をどう生きるか。

 まだ、どこにもその答えは見えていません。

 夏目漱石がロンドンに留学したのは明治三十三年のことでした。ちょうど西暦で一九〇〇年にあたります。

 当時の日本人の平均寿命は、四十歳代前半ぐらいだったといいます。そのことを考えると、恐ろしいほどの変化です。ちなみに漱石は、四十九歳で世を去りました。

 正岡子規三十四歳、尾崎紅葉(こうよう)三十五歳、国木田(くにきだ)独歩(どっぽ)三十六歳と、当時の作家たちは驚くほどの短命でした。

 芥川龍之介は三十五歳、そして太宰治は三十八歳―。こうしてみると「百年人生」の時代が、いかに大変な時代であるかが痛感されます。

 そして今、私たちは、かつて誰も体験したことのない未知の世界に出発しようとしている。その旅に地図はありません。海図もなければ羅針盤もない。これから先、九十年、百年という日々を、手さぐりで生きていかなければならないのです。

 これはなにも高齢者のかたがたの問題ではありません。十代の若者も、三十代、四十代の働き盛りの大人たちも同じ立場にいるといっていいでしょう。

 いま私たちの前にひろがっているのは、明るい希望にみちた百年の未来図ではないはずです。

 どこへ向けて進めばいいのか。その行く手には何が待っているのか。「百年人生」を生きる一人として、迷いながらその旅のヒントを探していくつもりです。日々の暮らしのよすがに、目にとめて頂ければ幸いです。