初代王林の米山さん(左)と、笑顔で歓迎する王林さん=2日、弘前市のヒロロ

 「あのころはまだ、りんご娘のグループとしてのイメージが固まっていなかった。メンバーは、好きな曲も踊りたいダンスの種類も、みんなバラバラ。一緒にいたけど、一緒じゃなかった」。赤裸々に告白するのは、弘前市出身で長野県在住の米山知歩さん(34)。初代ジョナゴールドさん、レットゴールドさんたちに先立つ2001年から約1年弱、初代王林として活動した。当時のメンバーたちの消息も分からないという。「りんご娘は、私にとっては遠い記憶。正直なところ、グループがここまで有名になるとは思わなかったですね」

 メンバーに加わったのは弘前高校2年生のころ。芸能への関心に加え、地域活性化を掲げる活動に興味を覚え、誰にも相談せず自ら志願した。だが「最後まで全員一緒の方向を向いてステージに立つことはなかった」。3年生になって進路を考え脱退。千葉県の大学に進学した。「あなたは背も高くないし、普通の女の子なんだから、進学したほうがいいと母に言われて」と穏やかに笑う。

 大学入学後、芸能活動に未練があった米山さんは映画のオーディションに挑戦して見事合格。再びつかんだチャンスだったが、母はやはり首を縦に振らなかった。大学で知り合った男性と結婚し、仕事をしながら2子をもうけ、和やかな家庭を築いた。

 米山さんの思いを受け継ぐように、現メンバーの2代目王林さんがテレビなどで大活躍中。米山さんは2日、弘前市のヒロロで開かれたりんご娘の新春ライブに駆け付け、王林さんら4人のメンバーたちと初の対面を果たした。「うわさには聞いていました。踊りも歌もすべて完璧だったって。プレッシャーでした」という王林さんの言葉に苦笑しながら「ステージ本当に楽しかった」。「みんなもきっと、そのうち結婚してお母さんになって、こうやって先輩みたいに遊びに来るんだよ」。マネジャーの樋川由佳子さんはしみじみと語った。

 米山さんがりんご娘のステージを見るのは、引退して初めて。この日の曲目には、知歩さんも歌った「Fly High」があった。「同じ曲でも振り付けが変わっていた。新鮮だった」。りんご娘は大きく進化していた。「何より、子どもたちの憧れの対象になっているのがとてもいい。私たちのときは、誰も足すら止めてくれませんでしたから」

 故郷への愛は今も変わらず、長野でこぎん刺しの普及活動に取り組んでいる。4月には、これまで勤めていた服飾販売の会社を辞めて独立し、こぎんの創作に専念するという。ライブ当日は、こぎんで、りんご娘たちとコラボする可能性も話題に上った。

 「映画のお話のとき、親がはんこをついてくれていたら、違う人生があったかもしれない。でもその時その時、結果的に自分で決断してきたからこそ、今の自分がある」

 それぞれのあしたを見つけてりんご娘を卒業し、次の人生に踏み出していった女性たち。その一人一人の歴史の上に、今のりんご娘がある。