「あのころの経験が今の自分たちをかたちづくっている」と語る元レットゴールドさん(右)と初代ジョナゴールドさん=2018年12月3日、弘前市のリンゴミュージック

 ストーブを何台置いても足りないぐらい底冷えするコンクリートの床。鏡代わりに壁に張った、車のガラス用ミラーフィルムの前でレッスンしているメンバーの姿は、工場の従業員から丸見えだった。樋川新一さん(48)が経営する弘前市内の自動車工場の片隅が、当初のりんご娘の練習場所。今のようにスタジオもなければ十分な機材もなかった。だがそこにはいつも、歌声と希望が満ちていた。

 当時のメンバーで、りんご娘として最も長く活動したのがレットゴールドさん(28)、初代ジョナゴールドさん(26)の2人。レットゴールドさんは2004年から13年まで、ジョナゴールドさんは03年から12年まで、りんご娘としての青春を駆け抜けた。

 当初は知名度不足に泣いた。どこへ行っても「あなたたち、誰?」とさめた目で見られることが多かった。「とにかくがむしゃらに頑張って、みんなに私たちのことを知ってもらうのが率直にうれしかった」とレットゴールドさん。「県外で、リンゴのことを知らず悔しい思いをした経験もあった。りんご娘の看板を背負う以上、単なるイメージキャラクターとして使われるだけではだめだと思い、自分たちに肉付けをするために勉強した」

 農作業着に長靴姿で、ビデオ撮影のためリンゴ畑を駆け巡った。11年から現在も続いている弘前産リンゴ販促キャラバンのキャンペーンに初めて参加するなど、「農業活性化アイドル」のイメージを定着させ、弘前を軸足とする現在の活動スタイルの基礎を築き上げた。

 タレント明石家さんまさんのTBS系全国放送のバラエティー番組「さんまのSUPERからくりTV」にたびたび出演するようになったのも11年ごろ。お茶の間の認知度は急上昇したが、その露出に加え、20歳の節目も絡み、迷いも生まれ始める。

 「大人にならなきゃ、と自分で勝手なボーダーラインを引いて、違うものを見せなければいけないのではないかと思っていた。自分たちが大好きなものをただ全力で大好きと言っていればよかったそれまでとは違う切なさも感じた。夢のない話ですが、現実をかいま見たんですね」とジョナゴールドさん。だが「今も昔を知って声をかけてくれる人たちがいて、私たちがやり切ったことには意味があったんだな、と思う」と胸を張った。

 ジョナゴールドさんは昨年11月、古巣のリンゴミュージックに戻り、事務の仕事をしながら、今も後輩たちを支える。レットゴールドさんは「ほのかりんご」の芸名で、関東を軸足に芸能活動を続けており、今春のCDデビューが予定されている。

 「みんなで一緒に夢を追ううちに、それぞれの新しい夢が生まれる場。とても濃い時間でした」とレットゴールドさん。リンゴを愛する2人の「りんご道」はまだまだ続く。