関係者と記念撮影する前澤(中央、腰にベルトを巻いている)=DEEP JEWELS提供
JR立川駅を背景に、ベルトを肩に掲げた前澤

 12月1日、女子総合格闘技「DEEP(ディープ) JEWELS(ジュエルズ)」アトム級(47.6キロ以下)タイトル戦。身長150センチ足らずの小柄な前澤智(とも)(31)=八戸市出身=が初タイトルを手にした。亡き父・克行(かつゆき)さん=享年63=の「好きなことして、自由に生きるんだ」という南部弁訛(なま)りの言葉を胸に刻んで挑んだ決戦。過去2戦2敗を喫している女王・黒部三奈(みな)を接戦の末、2対1の判定で破った。「お父さん、勝った。日本一だよ」。マイクを握った前澤は、スポットライトまばゆいリング上で天を見上げ、最高の笑顔で報告した。

 3人姉妹の末っ子、子どものころから柔道に打ち込んできた。大学を卒業後、八戸の葬儀社で働きながら、地元のジムでトレーニングを始めた。ブラジリアン柔術の大会で声がかかり、総合格闘技のプロとしても活動を始めたが、伸び悩んでいた。その矢先に届いた父の訃報。バイク事故による突然の予期せぬ別れに気が動転する中、通夜、葬儀の手配、司会までこなしたのは「がんばっていなければ倒れそうだった」からだ。それから半年足らずで仕事を辞め、格闘家としての飛躍の場を求め、地元を離れた。

女王・黒部にパンチを繰り出す前澤(右)(DEEP JEWELS提供)
女王・黒部にパンチを繰り出す前澤(右)(DEEP JEWELS提供)
コーナーでの攻防(DEEP JEWELS提供)

 所属する東京都立川市「リバーサルジム立川 ALPHA(アルファ)」は、プロ格闘家の金原正徳さん主宰。打撃が苦手な前澤は金原さんに「柔道の悪いくせが抜けない。得意の寝技を生かすような打撃をしなければ」と口酸っぱく指導されてきた。頭では分かっていても、なかなか実行できなかった。

 だが、その意味を今年9月、女王への挑戦権をかけた試合で体感した。相手は「殴り姫」の異名を持つ、打撃が得意な新鋭の韓国人選手パク・ジョンウン。それまでは「ガス欠」を恐れて体力を温存しながら闘っていた前澤が、序盤から積極的に前に出て、パクのお株を奪うパンチを繰り出すと、その反動から流れるように寝技に持ち込むことができた。「これだったんだ」。手応えをつかみ、3カ月後のタイトル戦に備えた。

 生来の負けず嫌い。練習ですら、負けたくはなかった。だが、試合経験を重ね、考えを改めた。「練習でいくら負けても、本番で結果を出せば良い。いろいろなことを試そう」と。前日から考えた戦術を試し、試行錯誤を繰り返した。派遣の仕事を経て市役所の臨時職員に採用されたが半年でやめ、コンディショニングに主眼を置いたジムのインストラクターとして働くうち、自らの心肺機能も高まった。

 タイトル戦当日。所属ジムのシンボルカラー・黄色に染めた髪を編み込んだ前澤は、1ラウンドから積極的に前に出て、頭を小刻みに振りながらフットワークを駆使して二度目の防衛を目指す女王・黒部をコーナーに追い詰めた。たが黒部も、試合前に公言していた「1ラウンドで決める」「殺すつもりでいく」の言葉通り、鋭い膝蹴りを容赦なくボディに打ち込んできた。

 一進一退。2ラウンドはやや黒部優位。コーナーワークは黒部が一枚上手だが、執拗に飛んでくる膝に耐え、勝負は最終の第3ラウンドにもつれ込んだ。ここでも黒部が猛然とラッシュをかけてきたが前澤もパンチで応戦。残り30秒で前澤は、黒部のバックを取り優位に立った。だが、黒部は後ろ向きのまま、ひじを左右に繰り出し、幾度となく前澤の顔面を脅かした。判定は一人目が29対28で前澤、二人目は28対29で黒部と五分。運命を決める最後の三人目は30対27の判定。薄氷の勝利で、輝くベルトを腰に巻いた。

死闘を制し、ベルトを腰に巻く前澤(中央左)=DEEP JEWELS提供

 総合格闘技のプロとして活動することに、家族は決して賛成していない。亡くなった父も、一度だけ、弘前市の試合を見に来たが、娘が痛めつけられる試合を「観ていられない」と顔をしかめた。それでも、父が高校時代、レスリング部に入りたかったという話を後で人づてに聞き、少しうれしくなった。もし、父が生きていて、ベルトを取ったことを報告したら。「私の前ではそっけなくするけど、きっと、友人たちと酒を飲みながら『娘が日本で一番になったすけよ』って、うれしそうに自慢してくれるんじゃないかな」

 プロになって20戦12勝8敗。ようやく勝ち数が先行するようになってきた。だが、今があるのも「重ねた敗戦から学んだことが大きいから。どの負け試合も、全力を出しきった。だからこそ悔しかったし、次の試合こそはと、思うことが出来ました」と言う。

リング上で所属ジム関係者らに囲まれ記念撮影する前澤(中央左)=DEEP JEWELS提供

 試合後、31歳の誕生日を迎えた。タイトルを手にした喜びの一方、防衛、世界挑戦、そして結婚、出産…と、この先の人生設計が頭の中で渦を巻き、霧の中に煙っている。それでも「自分が全力で闘う姿が、誰かの勇気や希望になるのならうれしいこと」。一人ぼっちで来た立川市。気付くと、たくさんの仲間に囲まれていた。たった半年でやめた市役所の同僚も、応援のため会場に足を運んでくれている。戦うことの意義を探しつつ、迷いながらも一歩一歩、大好きになったこの街で、信じた道を進んで行こうと心を決めている。(C)