東北北部の梅雨明け宣言とは裏腹に、心はどんよりと雲がかかったように重苦しい。きのう、秋葉原無差別殺傷事件の殺人罪などで死刑が確定していた青森市出身の加藤智大(ともひろ)死刑囚に刑が執行された。社会を震撼(しんかん)させた惨劇から14年以上になるが、凶行と動機の隔たりが大きすぎるからだ。

 現場の歩行者天国では7人が死亡、10人が重軽傷を負った。動機は「本音で言い合える大切な場所」と、家族同然に思っていた掲示板サイトにあった。「成り済まし」や、他人が嫌がる発言をする「荒らし」といった「嫌がらせ」に遭い、自分の「居場所」がないことに強い怒りを覚えたとされる。

 境遇は就職氷河期世代。派遣社員などの仕事を転々とし、現実の世界でも孤独感を募らせていた姿は、安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者にも重なる。

 「本人も結局、どうして事件を起こしたのか分からなかったのではないか」。そう推察するのは、秋葉原で他の被害者を救助中に刺されて重傷を負った60代の男性。それが真相に近いのかもしれない。

 秋葉原事件後も、加害者が怒りや偏った思いを増幅させたとみられる事件は後を絶たない。きのうで発生6年となった「津久井やまゆり園」殺傷事件や、3年前の「京都アニメーション」放火殺人事件なども、考えるだけでつらくなるが、たとえ釈然としなくても決して忘れてはいけない。