フィギュアスケート男子で五輪連覇を果たした羽生結弦選手が今後は競技会には出場せず、プロ選手としてスケートを続けると表明した。10代の頃から美しい演技で世界中を引きつけ、スポーツの魅力を発信し続けた功績をねぎらうとともに、新たなステージでの飛躍を期待したい。

 フィギュアスケートは誰もが簡単に挑める競技ではない。近くにスケートリンクがあるか。指導者がいるか。有料リンクを使ってのレッスンにはかなりの費用もかかる。

 多くの条件を克服して猛練習した選手だけが、高い技術を身に付け、難しいジャンプを成功させる。だからこそ、トップ選手が積み上げて完成させた演技にファンは圧倒される。羽生選手は19歳の時にソチ五輪で最初の金メダルを獲得して以降、そうしたフィギュア界のトップに君臨し続けた。

 滑らかなスケーティング、リズムに乗った躍動美、難度の高い3回転半や4回転ジャンプの高さと回転の速さに何度、見とれたことか。羽生選手の演技には見る者の心をわしづかみにする特異な訴求力があった。男子は4回転ジャンプ全盛時代だが、フィギュアはジャンプの技術を競うだけの競技ではないともアピールしていた。

 「ゆづ君」の愛称で親しまれ、海外の試合にも日本から応援に駆けつける女性ファンが多くいた。外国でも人気は絶大で、「羽生引退」のニュースは中国の交流サイト(SNS)でも大きな関心を集めたようだ。日本スポーツ界では、国際的な認知度が傑出していた選手だった。

 度重なる故障を克服した精神力も感動を呼んだ。平昌五輪では右足首の痛みをこらえてジャンプを着氷して2大会連続の金メダル。「右足に感謝しかない」と語った。「羽生ワールド」ともいえる独特の言葉で自分を表現できる希有(けう)なアスリートでもあった。

 日本のフィギュアスケートは伊藤みどり、荒川静香、浅田真央選手ら五輪メダリストの活躍によって女子の人気が先行していた。羽生選手ら男子の台頭によって全体が活性化し、世界のフィギュア大国の仲間入りした。

 国際競技会が毎年のように国内で開催され、テレビ各局も中継放送を競っている。日本スケート連盟の事業収入、放送権収入の大半はフィギュアが稼ぎ出し、羽生選手らが出演する広告収入の一部も連盟に入る。写真集など「羽生本」の出版ブームも依然、続いている。

 一方、そうした活況が競技の普及につながっていない深刻な問題がある。国内のスケートリンクは全盛時に比べ大幅に減少したといわれ、今も閉鎖が相次いでいる。その影響か、日本スケート連盟によると高校生以下のジュニア選手の登録選手数はここ数年、減少が続いているという。

 フィギュアは、シニアとジュニアを合わせても登録競技者数が約5千人の極めて狭い世界だ。それでもフィギュアを応援するファン層、見て楽しむテレビ視聴者数から言えば、メジャースポーツの位置にあるといえよう。これも羽生選手らの貢献による。

 偉大な背中を追って、18歳で北京五輪銀メダルを獲得した鍵山優真選手のような若手も出てきた。この人気をブームに終わらせるのでなく、フィギュア全体の普及につなげていくのが関係者に託された課題となろう。