1967年10月31日、戦後初の「国葬」として、吉田茂元首相の葬儀が東京の日本武道館で行われた。皇族や政官財など各界から約6500人が参列し、一般弔問者も約3万5千人が献花したと本紙は伝えた。首相退任から13年後のことだ。

 現行憲法制定とともに「国葬令」は失効し法的根拠はなかった。吉田氏は戦後復興の重責を担ったとして、当時の佐藤栄作内閣の閣議決定による特例だった。政府の号令の下、競輪、競馬、競艇は中止に。テレビやラジオは娯楽色の強い番組を自粛した。

 国をあげての国葬ムード盛り上げに反対や批判もあった。会場の国会議員席は200人分ほど空席になった。県内でも官庁や学校が半日で打ち切られ、県民が実況放送に合わせて黙とうするなどしたが受け取り方はまちまちだったという。国葬は以後行われていない。

 遊説中に銃撃を受け死去した安倍晋三元首相の国葬を今秋行うと岸田文雄首相が発表した。無念さは察するにあまりある。国民が冥福を祈る場はあっていい。だが捜査中であり決定は性急すぎないか。そもそも安倍氏の歴史的評価は定まっていない。

 首相経験者の葬儀は80年に大平正芳氏が死去した際の「内閣・自民党合同祭」が踏襲されてきたが、国費支出への異論は絶えない。国会決議で国葬の基準を定めるなど多くの国民の納得を得られる形式が望ましい。