ロシアのプーチン大統領は戦勝記念日の式典で「ロシア軍は今もナチストの居場所のない世界のため戦っている」と演説し、ウクライナ侵攻はナチズムとの戦いであるとの主張を繰り返した。北大西洋条約機構(NATO)の脅威に対抗するため強いられた戦いであるとの認識も示し、武力行使の正当性を強調した。

 ただプーチン氏からは、勝利を宣言するような言葉は聞かれなかった。軍事作戦が難航しているためとみられる。

 ロシアの戦勝記念日は旧ソ連軍がナチス・ドイツをベルリンまで追いつめて降伏に追い込んだ「大祖国戦争」の終結を祝う日である。その戦争はヒトラーの侵略を受けたが、苦難の末に劣勢を挽回した戦いだった。

 当時のソ連軍には祖国防衛という明確な大義があった。逆に侵略する側に回ったウクライナとの今の戦いには正義はない。かつての栄光に重ねてロシア国民を欺いてはならない。国民が誇りの源泉としてきた記憶を辱めてはならない。歴史を偽る者は歴史に裁かれるとの「鉄則」を知るべきだ。

 大祖国戦争で犠牲になったソ連国民は2700万人にも上る。日本の戦没者は約300万人である。ソ連は連合国でも最大の死者を出した。過酷な地上戦は、一般の住民まで容赦なく巻き込んだ。

 レニングラード(現サンクトペテルブルク)はドイツ軍に包囲され、住民は飢餓地獄を味わった。プーチン氏は今、「兄弟」であるはずのウクライナ国民に同じ辛酸をなめさせている。

 ソ連軍は勝ちに乗じて日本の北方領土を不法占拠する汚点は残したものの、全体としては第2次世界大戦の終結に大きく貢献したと言える。その意味でも、戦勝記念日はロシアの人々にとって誇るべき特別な祝日なのだ。

 ウクライナは「ネオナチが支配している」というプーチン氏の主張は現実味に乏しい。だからこそ、メディア統制を強めプロパガンダに力を入れているのだろう。空疎な報道は人心を荒廃させる。新聞の読者やテレビ視聴者への冒涜(ぼうとく)である。

 ウクライナ軍の抵抗で思うように戦果を上げられないロシア軍は、ウクライナ東部で学校を空爆、一挙に60人もの死者を出した。国連安全保障理事会の常任理事国で核保有国でもあり、世界の安全に責任を負う国としてあるまじき行為を繰り広げている。

 今回の戦争は第2次大戦の戦勝国が拒否権を持つ国連の在り方そのものが、既に時代の要請に合わなくなっていることも改めて浮き彫りにした。だが現在の国連にもできることは十分にある。

 グテレス事務総長がプーチン氏と掛け合い、ウクライナ南東部マリウポリの製鉄所に取り残された市民の退避を実現した成果は軽視するべきではない。

 国連安保理はロシアも採択に加わった議長声明で、ウクライナの「平和と安全」に深い懸念を表明、事務総長の努力に「強い支持」を打ち出した。か細くとも闇を照らす一筋の光明だ。国連の存在意義が根底から崩れる事態はロシアにも好ましくないはずだ。

 先進7カ国(G7)は、ロシア産石油の禁輸など制裁強化を打ち出した。今後も連携を崩してはならない。同時に、国連や第三国を通じ、停戦から和平への道筋を探るべきである。