数兆円の資産を運用する米国の有名大学をまねて、政府が10兆円の大学ファンド基金)を設け、運用益で「世界トップレベル」の大学づくりを支援する制度が動き始めている。支援対象となる「国際卓越研究大学」の認定要件などを定める法案が国会で審議中だ。

 日本の研究力低下の打開策とされるものの、支援対象は数校のみで、他の大学は実質的に置き去り。効果にも公正さにも疑問がある。運用益を確保できない場合どうするのか。「卓越」もその他の大学も共倒れとなる可能性は否定できない。

 日本の研究力は量も質も他の国に比べ相対的に低下している。自然科学分野の論文数で日本は1990年代後半、主要国の中で米国に次ぐ2位だったが、2000年代後半には中国に次ぐ3位、10年代後半にはドイツに次ぐ4位に後退した。

 研究の質の目安とされる、他の論文への引用回数が上位10%に入る論文の数もじり貧状態で、1990年代後半の4位から2010年代後半には10位にまで落ち込んだ。

 転落の引き金となったのは「オウンゴール」ともいえる政策だった。政府は行政改革で掲げた国家公務員の削減目標を達成すべく、基礎研究の主な担い手である国立大を04年に法人化。経営を支える運営費交付金を削減し続け、研究環境は悪化の一途をたどった。

 若手向けの安定した職が減り、任期付きの職が増加。教員は研究費が大幅に減り、外部の研究費獲得や職員削減による負担増で忙しくなり研究時間も減った。研究職の魅力はがた落ちし、博士を目指す学生も減り続ける。

 運営費交付金を増やせば改善するはずだが、政府は「ばらまき」を嫌い、大学ファンドによる「選択と集中」を選んだ。「卓越」に選ばれた大学は年数百億円をもらい、高名な研究者を集め、新たな産業を生み出し、寄付を集めて大学独自の基金をつくり、運営費交付金への依存からの脱却を目指すのだという。

 その他の大学は、さまざまな事業を集めた「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」で支援する。こちらは年数億円。期限付きで使途は限定され、事業を多く抱えるほど大学の人的、経済的負担も増える。

 そもそも、税金で維持される国立大に、これほど大きな格差があっていいのだろうか。日本には研究と研究者育成を主目的とする「研究大学」が少なく、国の研究資金も数校の大規模国立大に集中している。米国や英国、ドイツではもっと広く資金が配られ、研究大学の層が分厚い。それが研究者の移動を促し、研究活動の活性化にもつながっている。

 一握りの大学の研究環境を良くするだけでは、研究者の流動性は高まらず、活性化もおぼつかないだろう。日本の研究力を上げるには、大学間格差をさらに広げるのではなく、運用益をより広く分配し、2番手、3番手の研究大学を育てるべきなのだ。

 大学ファンドの狙いは、研究に基づくイノベーションの創出を促すことにもあるという。世界に通じるイノベーションが地方でも生まれる環境がなければ、日本全体の経済発展も見込めない。多くの大学でレベルの高い研究ができるようにするため、活用方法の見直しを求めたい。