東奥日報 東奥スポーツ賞


第9回東奥スポーツ賞

 東奥スポーツ大賞はプロ野球福岡ソフトバンクホークスの正捕手として、3年ぶりの日本一に貢献した細川亨さん(34)=平内町出身。東奥スポーツ賞は国体の弓道成年男子団体で初の栄冠を手にした松田智行さん(37)=平川市、高橋克徳さん(36)=弘前市、三浦拓真さん(22)=五戸町=の3選手による本県チームと、体操の全国中学校選手権で個人総合優勝した大久保圭太郎君(15)=八戸市、根城中3年=に贈ります。東奥スポーツ功労賞は、長年にわたり女子アイスホッケー界をけん引、今年のソチ五輪に日本代表として出場した近藤陽子さん(35)=八戸市出身=に贈ります。

東奥スポーツ大賞
  ▽ 細川 亨さん(福岡ソフトバンクホークス捕手)−タカ日本一の立役者

東奥スポーツ賞
  ▽ 弓道成年男子チーム 松田智行さん、高橋克徳さん、三浦拓真さん−心一つ 悲願の国体V
  ▽ 大久保圭太郎君(体操男子、根城中3年)−全中制覇 東京五輪目指す

東奥スポーツ功労賞
  ▽ 近藤 陽子さん(アイスホッケー女子元日本代表)−女子IH界 長くけん引



■ 細川 亨さん(福岡ソフトバンクホークス捕手)−タカ日本一の立役者

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プロ野球パ・リーグのクライマックスシリーズファイナルステージで、日本ハムの投手から本塁打を放った細川亨さん=10月20日、ヤフオクドーム
 「今年こそ日本一を狙いにいく」。まさに有言実行だった。福岡ソフトバンクホークスを3年ぶりの頂点に導いた立役者の一人は、優勝パレードで飛び切りの笑顔を見せ、沿道の声援に応えた。

 青森北高校−青森大学を経て、2002年に西武ライオンズに入団。頭角を現し、08年には西武の日本一に貢献した。さらなる飛躍を求めて10年オフに福岡ソフトバンクホークスに移籍。13、14年はそれぞれ112試合に出場し、正捕手として投手陣を盛り立てた。

 打線では下位に座ることが多かったが、しぶとい打撃で上位へのつなぎ役として定着。日本シリーズ出場チームを決める日本ハムとのクライマックスシリーズではリードを広げる一発を放つなど、勝負強さも光った。

 拠点が九州に移っても、地元・青森への愛着は深い。オフには古里で野球教室を行い、子供たちに熱心な指導を行っている。8回目を迎えた今年も「キャッチボールをおろそかにしてはいけない」と基本の大切さを説いた。好きな野球に打ち込み、やがては自分のように夢を与える側に立ってほしい−。そんな願いが一言一言に込められている。

 身長183センチ、体重102キロ。体の強さが売りの34歳は、いよいよ14年目のシーズンを迎える。円熟味を増した「いぶし銀」はどんな輝きを放つだろうか。





■ 弓道成年男子チーム 松田智行さん、高橋克徳さん、三浦拓真さん−心一つ 悲願の国体V

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弓道成年男子近的決勝で、石川を破って初優勝した本県チーム。(左から)高橋さん、三浦さん、松田さん=10月16日、長崎県島原市霊丘公園体育館・弓道場
 ついに頂点を射止めた。長崎国体で松田智行さん(青森オリンパス)、高橋克徳さん(弘前市体育協会)、三浦拓真さん(北辰工業)の3選手による本県成年男子弓道チームが、近的で県勢悲願の初優勝を飾った。

 予選を突破すると、決勝トーナメント1回戦で地元長崎、準決勝で高知に競り勝つ。決勝の対戦相手は、同じく予選を1位で勝ち抜いてきた石川。強豪相手に臆することなく、自分たちの力を信じて的を狙った。結果は11−10。僅差で大一番をものにした。

 旧知の間柄だった松田さん、高橋さんに若手の三浦さんが加わり、チームは始動。6月から毎週末、ほとんど合宿を行い、練習に励んできた。切磋琢磨(せっさたくま)してきた3選手の努力は、大舞台で結実。「このチームで優勝できて光栄」−。試合後はそれぞれ爽やかな笑みで喜びに浸った。

 監督も兼ねる松田さんが「次は遠的でも優勝したい」と言えば、高橋さん、三浦さんも「気を引き締め、連覇に向かって突き進みたい」と意欲的。心を一つに、さらに上を目指す。





■ 大久保圭太郎君(体操男子、根城中3年)−全中制覇 東京五輪目指す

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全国中学校体操競技選手権の金メダルを手にガッツポーズする大久保圭太郎君。中学最後の年に大きく躍進した
 体操界の頂点に君臨する内村航平選手(コナミ)にあこがれ、黙々と技を磨いてきた。昨年まで全国大会では上位入賞もかなわなかったが、今季、急成長を遂げた。8月の全国中学校体操競技選手権で男子総合優勝を飾り、11月のジュニア国際大会「フューチャーカップ」(オーストリア)では団体と18歳以下個人総合の2冠に輝くなど、内村選手の背中が少し近づいた。

 全中では、実施4種目のトップは取れなかったが、全種目を通じて安定感が光り、総合優勝した。初めて日本代表として臨んだ3カ月後のフューチャーカップでは技の完成度を高め、実施点で高い評価を受けるなど、日本の団体3連覇に貢献した。

 成長を後押ししたのは、毎日欠かさず書き留めているノート。練習内容や課題を“見える化”し「その日の練習を頭の中で復習でき、読み返すと成長が実感できてやる気が出る」。これを基に、演技構成なども自ら考えるという。

 来春、さらに高いレベルを求めて県外の体操名門校の門をたたく。「1年生で全国大会のメンバーに選ばれるよう頑張りたい。東京五輪でメダルが取れる選手になる」と2020年の東京五輪を視野に、さらなる飛躍を誓っている。





■ 近藤 陽子さん(アイスホッケー女子元日本代表)−女子IH界 長くけん引

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ソチ五輪でドイツとの最終戦でプレーする近藤陽子さん(3)=2月18日
 1998年の長野、2014年ソチと冬季五輪の2大会に出場。女子アイスホッケーが正式種目となった長野大会以降、2度の出場は国内でただ一人。国際公式戦出場は60を超え、長く日本女子アイスホッケー界をけん引し今年7月、現役生活に幕を下ろした。

 氷都・八戸市に生まれ、小学校1年でアイスホッケーを始めた。クラブチームや八工大一で技術を磨き、日体大女短大在学中に長野五輪に出場したが5戦全敗。欧米との力の差を痛感した。

 「オリンピックの悔しさは同じ舞台でしか晴らせない」。リベンジの場を求めて努力を続けた。日本は02、06、10年と3大会連続であと一歩のところで五輪を逃した。気持ちは切らさず、11年にはけがで右膝を手術したが、諦めなかった。復活を果たし最年長でソチ五輪の代表に選ばれた。

 ソチでは五輪初勝利を挙げることはできなかったが、世界の強豪と互角に戦い日本代表の成長を実感。リンクを降りる決意を固めた。

 将来は指導者として女子アイスホッケー界に恩返しするつもりだ。






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