東奥日報 東奥スポーツ賞


東奥スポーツ賞

 第2回東奥スポーツ賞の受賞者は7個人2団体です。東奥スポーツ大賞は、全日本卓球選手権シングルスで2連覇を達成した水谷隼さん(青森山田高−明治大学)。東奥スポーツ賞は、全国中学校ゴルフ選手権優勝の古田幸希さん(三沢市出身、青森山田高)、陸上400メートル2冠の佐藤慧太郎さん(青森北高)、陸上5千メートル競歩2年連続優勝の足澤徳人さん(三戸町出身、東洋大学)、スケート1万メートル2冠の松尾駿さん(八戸市出身、専修大学)、陸上日本選手権円盤投げ9度優勝の畑山茂雄さん(黒石市出身、ゼンリン)の5人。東奥スポーツ功労賞は、本県チビッコアイスホッケーチームの先駆的存在の八戸ホワイトベアジュニア、子供たちの健全育成に情熱を注ぐ安田ヤンヤン少年野球チーム(青森市)、本県生涯スポーツの普及・発展に尽力した長内昭子さん(青森市)に贈ります。

東奥スポーツ大賞
  ▽ 水谷 隼(じゅん)さん(青森山田高−明治大学)
  −全日本卓球選手権シングルスで2連覇を達成

東奥スポーツ賞
  ▽ 古田 幸希(こうき)さん(三沢一中−青森山田高)
  −全国中学校ゴルフ選手権で優勝、ゴルフ界期待の星
  ▽ 佐藤慧太郎(けいたろう)さん(青森北高)
  −全国高校総体、秋田国体で陸上四百メートル2冠
  ▽ 足澤 徳人(たるさわ・なるひと)さん(青森山田高−東洋大学)
  −兵庫国体、全国高校総体で五千メートル競歩2年連続優勝
  ▽ 松尾 駿(しゅん)さん(八戸西高−専修大学)
  −全国高校総体、長野国体でスケート一万メートル2冠
  ▽ 畑山 茂雄さん(黒石市出身、神奈川県)
  −陸上円盤投げで日本選手権7連覇を含む9度優勝

東奥スポーツ功労賞
  ▽ 八戸ホワイトベアジュニア(八戸市・金入忠清総監督)
  −1972年創部、本県チビッコアイスホッケーチームの先駆的存在で多くの選手を輩出
  ▽ 安田ヤンヤン少年野球チーム(青森市・澤田憲郎=のりお=監督)
  −1974年創部、学校部活動に頼らず少年野球を通じ子供たちの健全育成に情熱を注ぐ
  ▽ 長内 昭子(あきこ)さん(青森市)
  −本県生涯スポーツの普及・発展に尽力



■ 若きエース「金」に闘志
  水谷 隼さん(青森山田高−明治大学)

写真
卓球全日本選手権の男子シングルスで2連覇を達成した水谷隼=2008年1月
 2007年1月、全日本選手権を17歳7カ月の史上最年少で優勝。そして、今年1月、2連覇を達成し文句なしに日本のエースに成長した。さらに3月の北京五輪アジア予選・代表決定戦を制し、五輪切符を獲得。青森の地で力をつけたJAPANの若きエースは今、燃えに燃えている。

 繊細なボールタッチが「天才」と評されるサウスポー。攻守のバランスがとれ、20種類以上あるサーブが武器。今年の日本選手権では、それまで封印していた「秘策サーブ」を使い、相手をほんろうした。

 青森山田中時代の05年、世界ジュニア選手権単で銀メダルに輝くなど、かねてから、世界に通用する選手として期待されていた。さらに、ドイツで武者修行を重ねるなど、着実に力をつけ、昨年1年間で世界ランキングも90位から30位まで一気にアップ。「以前は五輪に出るのが夢だったけど、今は金メダルを取るという気持ちでいる」と闘志をみなぎらせている。



■ ゴルフ界期待の“王子”
  古田 幸希さん(三沢一中−青森山田高)

写真
中学生ながら日本アマチュアゴルフ選手権に出場、予選を突破した古田幸希=2007年7月
 2007年8月に開かれた全国中学ゴルフ選手権を制するなど、日本ゴルフ界期待のホープだ。今春、地元の三沢一中を卒業し、親元を離れて青森山田高に進学した。「日本オープンに出場するのが目標。精神的に強くなれるよう日々の練習で自信をつけたい」と、意欲を膨らませる。

 昨シーズン、全国中学チャンピオンに輝いたほか、日本ジュニア選手権12−14歳の部で準優勝。さらに、一般が参加する東北アマ選手権で2位となり、日本アマ選手権に出場、決勝トーナメント進出を果たした。

 171センチ、79キロ。「ぽっちゃり王子」の愛称で親しまれており、プロに転向した石川遼(東京・杉並学院)とともに、将来を期待されている。



■ 伸び盛り新記録次々
  佐藤慧太郎さん(青森北高)

写真
佐賀インターハイ陸上男子400メートルで優勝した佐藤慧太郎=2007年8月
 2005年、全国中学校総合体育大会陸上競技(岐阜)男子二百メートルで優勝し、スプリンターとして脚光をあびた。青森北高進学後も順調に力を伸ばし、07年、2年生ながらインターハイ、国体の男子四百メートルを制した。

 このシーズンは、4月の北日本陸上(弘前)一般高校四百メートルを大会新で制したのを皮切りに、県高校総体では百、二百、四百メートルを制するなど県内高校短距離界では敵無し。東北高校選手権(秋田)も四百メートルで勝ち、8月の佐賀インターハイでは台風の中、四百メートルでふたたび全国の頂点に。10月の秋田国体でも向かい風となった少年男子四百メートル決勝で、県高校記録を更新する47秒37をたたき出して栄冠を手にし、まさに伸び盛りだ。



■ 光るセンス一躍頂点
  足澤 徳人さん(青森山田高−東洋大学)

写真
佐賀インターハイ男子5千メートル競歩で優勝、ガッツポーズでゴールする足澤徳人=2007年8月
 2006年10月の兵庫国体少年男子五千メートル競歩に続き、07年8月の佐賀インターハイ男子五千メートル競歩と2年連続で全国優勝を果たし、高校生トップに躍り出た。もともとは三千メートル障害が専門。右脚を故障し、リハビリ代わりに競歩を始めたのが06年春。半年後、いきなり国体Vの“シンデレラボーイ”に。抜群の競技センスに加え、レース感覚も徐々に研ぎ澄まされ、佐賀インターハイでは自ら集団を引っ張り、「優勝する自信はあった。展開も予想通り。百点満点」と、盤石のレース運びで優勝をさらった。

 耐久力と駆け引きが求められる過酷な種目。「苦しい競技だが、始めて良かった」との思いを抱きながら、足跡を刻み続ける。



■ 精神面成長、狙うは五輪
  松尾 駿さん(八戸西高−専修大学)

写真
全国高校スケート大会男子1万メートルで優勝した松尾駿=2008年1月
 2008年1月、山梨県で開かれた全国高校スケート大会スピード競技男子一万メートルで優勝。5日後のスケート国体(長野県)の少年男子一万メートルでも頂点に立ち“長距離の松尾”の名を全国にとどろかせた。

 小学4年で本格的にスケートを始め、いまや県内では一般を含めても敵無しの強さを誇る。今シーズンも県大会で新記録を連発し、優勝候補として挑んだ大舞台でも結果を出した。勝利の秘訣(ひけつ)を「精神的に成長できたこと」と話す。

 この春、専修大学に進学。苦手な短距離を鍛え、年齢制限から次回が最後のチャンスとなる「世界ジュニア」出場が来シーズンの目標。将来は「オリンピックを目指したい」。



■ 国内第一人者に君臨
  畑山 茂雄さん(黒石市出身、神奈川県)

写真
群馬リレーカーニバルで優勝した畑山茂雄=2007年10月
 黒石高時代に円盤投げを始め、インターハイと国体を制した。日体大2年の1996年、ジュニア日本記録(当時)を更新。日本選手権は97年に初めて頂点に立った。以来11年間で、7連覇を含め9度優勝という圧倒的強さ。長年、日本の第一人者として君臨している。

 07年6月の桑員(そういん)地区陸上記録会(三重県)で日本歴代2位の60メートル10をマーク。28年も破られなかった60メートルの大台を超え、日本記録にあと12センチと迫った。

 身長184センチ、体重102キロと、世界の舞台では小兵。昨年の世界選手権大阪大会は予選で敗退したが、「北京五輪出場に向け、さらに意気が高まります」と、鍛錬の日々を送っている。



■ 早朝練習で実力養う
  八戸ホワイトベアジュニア(八戸市・金入忠清総監督)

写真
早朝練習を重ね、全国に通用する実力を養っている八戸ホワイトベアジュニアの子供たち
 子供たちに「努力」を経験させ、スポーツを通して人を育てることを目的に、県内初のチビッコアイスホッケーチームとして1972年に創部。小学生のアイスホッケーチームとして日本初の海外遠征をするなど積極的な国際交流を行い、本県の実業団や国体代表に多数の人材を送り出し続けている。

 冬季は早朝5時からの練習を週4日行う。「うまくなるために我慢を覚え、『やればできる』という自信が芽生え、北海道の強豪とも好ゲームを演じる実力が養われる」と金入忠清総監督。

 全日本選手権優勝という戦績を残し、解散した成人クラブチーム「八戸ホワイトベア」の名を受け継いだ子供たちが“先輩”に続いて日本一を目指す。



■ 「元気な声」モットー
  安田ヤンヤン少年野球チーム(青森市・澤田憲郎監督)

写真
結成35年を迎えた安田ヤンヤン少年野球チームの子供たち
 結成は1974年。35年目を迎え、OBは190人以上に上る。現在は泉川、栄山など5小学校の16人が所属している。選手が学校部活動との掛け持ちをしていない市内唯一のチーム。選手の保護者も積極的に指導に加わり、ここ数年は市の大会で優勝するなど力をつけてきた。

 「大きな元気な声を出して全力プレーを実行しよう」がモットー。結成以来、指導を続ける澤田憲郎監督は「声を出すことで自分を奮い立たせ、チームをもり立てる。これがピンチの時の平常心につながる」と話す。

 現在は全国大会出場を目標に、週5回の練習に汗を流す。澤田監督は「野球をやる以前のあいさつや礼儀がしっかりしたチームにしたい」と話している。



■ 「体育は文化」訴え
  長内 昭子さん(青森市)

写真
全国スポーツ・レクリエーション祭の式典演出を手掛けた長内昭子さん=2007年8月
 女性初の県教育庁指導主事として1972年から軽スポーツ普及に取り組み、市町村へ出前指導を展開した。

 「転機だった」と振り返るあすなろ国体では、青森中央高校の新体操部をインターハイへ17年連続で導いた指導力を生かし、約六千人の集団演技を企画・演出。多くの人材を育成し、生涯スポーツの“種”をまいた。その実りは2007年の生涯スポーツの祭典「全国スポーツ・レクリエーション祭」本県初開催となり、式典部長として力を発揮した。

 県女子体育連盟会長を務めて20年。近年は県スポーツ振興審議会会長も。「『体育は文化』だと思う。生きがい、健康、体力づくりなどスポーツの果たす役割は大きい」と訴え続ける。




インデックスに戻る


HOME