東奥日報 東奥スポーツ賞


東奥スポーツ賞

 東奥日報社は、本年度創設した東奥スポーツ大賞を日本女子陸上長距離界の第一人者福士加代子さん(板柳町出身)、日本女子卓球界のエース福原愛さん(青森山田高)、東奥スポーツ賞を国体卓球少年男子10連覇の青森山田高校男子卓球部、全国中学陸上大会優勝の田村優宝君(野辺地中)、東奥スポーツ功労賞をチビっ子レスリングの普及に努める八戸クラブと八戸Kidsレスリング教室、20年近く一輪車の指導に携わる木村笑子さん(弘前市)に贈ることを決めました。贈呈式は3月29日、青森市の東奥日報社本社で行います。

 東奥日報は一八八八(明治二十一)年創刊、来年、百二十周年を迎えます。東奥スポーツ各賞は、節目の年に向けた記念事業の一つで、スポーツを通じて明日に羽ばたく青森県−の願いを込め、本年度新しく創設しました。世界大会など国内外の大会で輝かしい成績を残した本県選手や団体、選手の育成や競技力向上に取り組んできた指導者、団体に贈り、その栄誉をたたえます。

東奥スポーツ大賞
  ▽ 福士 加代子さん(板柳町出身、京都府)
  −ドーハアジア大会陸上1万メートル金メダル
  ▽ 福原 愛さん(青森市)
  −ドイツ世界卓球選手権団体銅メダル

東奥スポーツ賞
  ▽ 田村 優宝君(野辺地町)
  −全国中学校体育大会陸上3千メートル優勝
  ▽ 青森山田高校男子卓球部
  −国民体育大会卓球少年男子10連覇

東奥スポーツ功労賞
  ▽ 八戸クラブ(代表・澤内和興会長)
  −五輪メダリスト伊調千春・馨姉妹を育てるなど、レスリングの普及、育成に貢献
  ▽ 八戸Kidsレスリング教室(代表・鈴木力也理事長)
  −世界チャンピオン坂本日登美と真喜子姉妹を輩出するなど、チビっ子のレスリング指導に尽力
  ▽ 木村 笑子さん(弘前市)
  −弘前市豊田児童センターの一輪車クラブ監督。20年近く指導に当たり、国際大会で数多く優勝



■ 笑顔はじける「爆走娘」
  福士加代子さん(板柳町出身、京都府)

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ドーハ・アジア大会陸上女子1万メートルで優勝した福士加代子(右)=06年12月
 2006年12月、カタール・ドーハで開かれたアジア大会陸上女子一万メートルで、2000メートルすぎから独走態勢を築き、金メダルに輝いた。前回02年の韓国・釜山大会は五千メートル、一万メートルの両方で銀。今度こそアジアの頂点を−との期待に見事応えた。

 五千メートルの日本記録、ハーフマラソンのアジア・日本記録保持者でもある。「日本陸上界のホープ」「みちのくの爆走娘」の異名を取り、世界に通用するアスリートとして注目を浴びてきた。

 陸上は五所川原工業高校に進学してから。3年時にアジアジュニア陸上五千メートルで3位に入るなどして頭角を現してきた。

 高校卒業後、ワコールに入社。02年の日本選手権五千メートル、一万メートルで初優勝。一万メートルは06年まで5連覇を達成した。

 駅伝大会にも精力的に出場し、何度も区間1位を記録。本県チームの一員として出場した04年の都道府県対抗女子駅伝では12人抜きの“激走”が記憶に新しい。

 ドーハアジア大会のレース後、「ゴールドはいいですね。1周、1周、きれいになるわ、きれいになるわと思って走った」とコメント。人懐っこい笑顔と数々の名言や“迷言”も、魅力を語る上で欠かせない。



■ 実力、人気とも日本のエース
  福原 愛さん(青森市)

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日本女子卓球界のエースとして活躍する福原愛=06年10月、兵庫国体
 2001年5月、大阪・八尾市から青森山田中に転校。その夏、全国中学大会シングルス優勝。12月には全日本選手権ジュニアの部で初優勝を飾る。さらに3年生となった03年5月、14歳の若さで世界選手権(パリ)に出場、日本人最高成績となるベスト8に進出し、実力、人気ともに日本のエースに成長した。

 04年に青森山田高校に進学、国体少年の部で青森県チームの中心選手として3連覇を果たし、「卓球王国」青森の名を知らしめる活躍を見せた。

 05年からは世界最高峰の中国スーパーリーグに挑戦、遼寧省、広東省チームに所属し、レベルの高い中国勢の中で武者修行に励み、独特のサーブと、単・複を問わないセンスに磨きを掛けた。

 04年、大陸予選を勝ち抜いて「夢の夢だった」アテネ五輪に出場、シングルスで、格上の中国選手を破るなど、4回戦に進出する活躍をみせた。06年の世界選手権(ドイツ)では団体のエースとして、04年のドーハ大会に続き、銅メダルを獲得した。

 今春から早稲田大スポーツ科学部に進学、08年北京五輪を目指し、新たな戦いに挑む。進学後も国体には本県選手の一員として出場する予定だ。



■ 箱根駅伝走るのが夢
  田村 優宝君(野辺地町)

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本県中学陸上中距離のエースとして日本一に輝いた田村。高校でも活躍が期待されている=06年10月、兵庫国体
 昨年8月、全国中学校体育大会男子三千メートルで見事優勝に輝いた。ジュニアオリンピックでも、自ら思い描く理想的なレース展開で三千メートルを制し、兵庫国体少年男子B三千メートルでは、中学生でただ一人決勝に進出、自己新で6位入賞を果たした。中学生の枠を超えた走力に、将来、日本男子陸上中距離界を背負って立つトップランナーとして大いに期待されている。

 身長154センチ、体重45キロと小柄だが、競技場では圧倒的な存在感をみせる。野辺地中1年生時に通信陸上1年男子千五百メートル全国総合1位に輝き、中長距離競技の盛んな上北郡内でもまれながら順調に力を伸ばした。

 部活動で一日平均8−10キロ、帰宅してから3−5キロを走るが、練習量がずば抜けて多いわけではない。体格に恵まれているとも言い難いが「あきらめない、強い気持ちが身に付いた」ことが好成績の理由と語る。

 今春、山田高に進学、将来の夢は大学に進学し箱根駅伝を走ることだ。その先は「オリンピックで、日本の中距離の強さを世界に見せつけたい」と力強く話す。



■ 国体前人未踏10連覇
  青森山田高校男子卓球部

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日本高校男子卓球界で敵なしの快進撃を続ける青森山田高男子卓球部。中心メンバーの松平賢二(左)、大矢英俊組=06年10月、兵庫国体
 1996年、青森山田高校男子卓球部監督として吉田安夫氏が就任。翌97年、国体、インターハイ団体と1年生部員だけで制する快挙を成し遂げた。以来、2006年の兵庫国体まで前人未到の10連覇を達成。その間、インターハイ団体も8回優勝。日本卓球界に「青森山田」の名をとどろかせている。

 兵庫国体では高木和卓、大矢英俊、松平賢二を擁し、決勝までわずか1ゲームを落としただけと、圧倒的な実力を見せつけた。特に高木和は、8月の近畿インターハイで単・複・団体の3冠を制覇。7月のアジアジュニア選手権にも出場した。

 また、日本を代表する若きエース水谷隼は、05年の世界選手権(上海)に15歳10カ月の男子最年少(当時山田中)で出場、単3回戦まで進んだのを皮切りに、世界の舞台で活躍している。

 今年1月の全日本選手権男子シングルスでは、くしくも国体10連覇初年度の優勝メンバーだった同校OBの吉田海偉(日産自動車)を決勝戦で下し、17歳7カ月の史上最年少で優勝、北京五輪での活躍が期待されている。



■ 徹底して五輪を意識
  八戸クラブ

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伊調姉妹に次ぐオリンピック出場を夢見て練習に励む八戸クラブの子どもたち
 オリンピックに出たい。その子どもたちの夢を実現させたい−。1974年に北海道、東北地方初の少年レスリングクラブとして誕生した。その30年後の2004年、アテネ五輪。クラブを巣立った伊調千春、馨姉妹がそろって出場、馨が金、千春が銀メダルを獲得した。クラブ設立時の夢は、とてつもなく大きな花となって開いた。

 クラブの特長は徹底して五輪を意識させることだ。くじけそうな選手には「五輪に出るんじゃなかったのか」と目標を再認識させ、頭や体をフルに使って少しでも全力を出し切るよう指導した。選手たちも適度な緊張感の中で、密度の濃い練習を行っている。

 幼稚園児から中学生まで約60人いる子どもたちの大半が「五輪が決して特別な場所とは思っていない」(澤内和興会長)という。五輪に行けるという希望と自信が、練習意欲をかき立てており、伊調姉妹の活躍が心の支えにもなっている。

 伊調姉妹は将来、指導者としてクラブに戻るという。澤内会長は言う。「おれとお前たちの3人で、それぞれ2人ずつ五輪選手を育てるんだ。3人であと6人は育てるぞ」。夢の続きを思い描いている。



■ 明るい環境選手育つ
  八戸Kidsレスリング教室

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未来の坂本姉妹を目指す八戸Kidsレスリング教室の子どもたち
 レスリングの競技人口の底辺拡大とともに子どもの身体能力を高める目的で、1989年に設立、明るく楽しく基礎体力づくりを心掛けてきた。同教室出身の坂本日登美は世界選手権2連覇、妹の真喜子も2005年の同大会で3位。今年1月の全日本選手権で同じく卒業生の沢田直樹が120キロ級制覇など、先輩の華々しい活躍が子どもたちを喜ばせる。

 「楽しく伸び伸びと」をモットーに、徹底して子どもの目線を持ち続ける。「無理な練習はけがを増やす。楽しくなければ続かない」(鈴木力也理事長)と、1時間半の練習のうち半分以上を腕立て伏せや柔軟などに費やす。基礎体力作りと明るい練習環境が、けがに負けずはつらつとした選手を育て上げた。

 坂本日登美は、同教室の記念誌に「『楽しむ』と『遊ぶ』のけじめをつけてレスリングを楽しんで」と、教室で学ぶ子どもたちにメッセージを寄せている。

 鈴木理事長は、「どんなスポーツにも通じる正しい基礎能力を教えてきたが、方針は今後も変わらない。伸び伸びと練習できる環境があれば、子どもは自然と成長してくれるものだ」と話している。



■ 13組の世界王者輩出
  木村 笑子さん(弘前市)

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子どもたちを指導する木村さん(左)。その情熱は20年たった今も変わることない
 弘前市の豊田児童センターを拠点に活動する一輪車クラブの生みの親だ。監督として一輪車競技に芸術的要素を取り込み新風を巻き起こした“仕掛け役”で、県内各地で一輪車クラブが誕生する契機をつくった立役者でもある。

 1988年に全日本大会に初出場し、華やかな衣装で優雅な演技を披露するや、いきなり団体種目で初優勝。同年から93年まで同種目6連覇を飾るなど、輝かしい成績を挙げ、2006年も同大会で団体、ペア演技総合優勝(団体は3年連続)を果たした。

 また、早くから海外にも進出し、国際一輪車大会では1992年のカナダ大会で、グループ演技など3部門を制し、以降、毎回のように優勝者を輩出。昨年7月のスイス大会では、4選手を送り出し、個人3種目を制した。これまで、のべ13組の世界チャンピオンを誕生させている。

 2006年春に同センター主任児童厚生員を定年退職。しかし卓越した指導手腕を惜しむ周囲から、強い慰留を受け、現在も監督として選手の指導に当たっている。




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