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第64回東奥賞
東奥日報社が産業、学術、文化など各分野で活躍し本県の発展に功績のあった人・団体に贈る第64回東奥賞が決まった。今年は、太宰治と津軽三味線を軸に奥津軽の魅力を発信し地域おこしに貢献しているNPO法人かなぎ元気倶楽部(五所川原市、今誠康・代表理事)、リンゴの鮮度低下を抑制するCA冷蔵庫の技術を確立し県産リンゴの流通調整・価格維持に寄与しているフジプラント株式会社(弘前市、藤崎和夫社長)、50年余にわたり短歌の創作を続け数々の要職を務める一方、後進の育成にも力を注ぎ本県歌壇の発展に尽くした福井緑さん(大鰐町)、中世から下北地方に伝わる民俗芸能「能舞」を今に伝え、地域を挙げて保存・伝承に努めている下北の能舞保存連合会(東通村郷土芸能保存連合会・むつ市烏沢娯楽会・横浜町郷土芸能保存会、蒲茂会長)に贈る。贈呈式は12月3日午前11時から、青森市のホテル青森で開かれる。
金木を丸ごと博物館に見立て街歩きと体験・滞在型の観光メニューを提供する「太宰ミュージアム」を掲げ、09年の太宰生誕百年を盛り上げた。また、地元ガイドと巡る「かなぎ文学散歩」や、「斜陽館」「メロス坂」と名付けた通りにパネルを並べ、作品の読み歩きを楽しむ「ヒストリーロード」として整備した。 津軽三味線全日本金木大会のほか、津軽三味線の祖を冠した「仁太坊まつり」を開催。太宰と同じ年に生まれ「津軽三味線の神様」と言われた白川軍八郎の生誕百年を記念して津軽の「唄会」を復活させた。 築140年の古民家をグリーンツーリズムの拠点「かだるべぇ」として再生。馬産地をアピールする「激馬(げきうま)かなぎカレー」は地元飲食店で統一メニューとして提供されている。 職員は35人だが、「サービス業に向く」と女性が主力で、常務理事の斎藤真紀子さんが束ねる。専務理事の伊藤一弘さんは「地元NPOとして利益はすべて地域活性化のため還元する」と明解だ。
◎地域みんなの誉れ(澤田 長二郎さん=津軽鉄道社長)五所川原市との合併を契機にかつてはコメとヒバの集散地として栄えた旧金木町の活性化を目的にかなぎ元気倶楽部が発足した。市の指定管理者となり、斜陽館、三味線会館の運営、津軽鉄道芦野公園旧駅舎を喫茶店「駅舎」にし、地域活動と情報発信の場とした。古民家を修復し、交流・体験施設「かだるべぇ」の運営へと活動を拡充してきた。 「太宰ミュージアム」の取り組みを筆頭に、この5年間の活動は目覚ましく、当地の知名度を高め、観光集客と地域の活性化につなげた功績は大きい。地域を愛し、元気な地域創造への不断の尽力の賜物(たまもの)である。東奥賞は、かなぎ元気倶楽部のみならず地域みんなの誉れである。心から祝意を表します。
創業時は、普通冷蔵庫をCA貯蔵システムに改造することが主な仕事。従業員はおらず、改造後も修理などのメンテナンスは藤崎社長一人で対応し、寝ずの番で機械を見守ったことも。その誠実さが評価され、徐々に顧客が増えていった。 当然、技術力あっての信頼だった。他社製品が失敗を繰り返し、CA貯蔵は無理だとされていた品種・サンふじであっても、「フジプラント式」は見事に成功した。「CAの耐性が弱いリンゴには弱いなりの貯蔵法があるはずだと研究した結果、その年の花の咲き具合や玉の大きさなどによって、耐える力が変わると分かった」と藤崎社長。年ごとにガス濃度などを微妙に調節し、1995〜97年で本格的にサンふじのCA貯蔵法を確立させた。 現在の技術では貯蔵期間は半年。さらに1カ月延ばすことで、リンゴの消費量減を食い止めたいという。「生産者の生産意欲を守り、収益を上げる手段として今後もCA冷蔵庫を活躍させたい」と力を込めた。
◎通年販売を可能に(中村 輝夫さん=県りんご商業協同組合連合会名誉会長)フジプラントによるCA冷蔵庫の技術確立のおかげで、県産リンゴは通年販売ができるようになった。リンゴの販売期間は、以前は翌年4月でほぼ終了していた。CA冷蔵技術で8月ごろまで延ばせるようになったことで、毎月の出荷量が平均化され、安定した相場維持につながった。本県のリンゴ業界に与えた功績はすごく大きい。 リンゴの品種ごとの特性を考慮した貯蔵方式も開発、自社の研究施設で取ったデータを基に業界関係者を指導・助言しており、大いに助かっている。ここまで来るにはいろいろな苦労があったと思う。やはり研究熱心な会社の姿勢と、藤崎和夫社長の誠実さが人を引き付け、今のフジプラントがあるのではないでしょうか。
進学した東京の学校を半年でやめ、故郷の大鰐町に戻った。結婚し3人の子をもうけ、24歳で短歌の世界へ。「コスモス」主宰者の宮柊二と出会ったのは28歳のころ。津軽に根を張り「ここにいて何ができるか」を自らに問いかけながら、ふるさとを、世の中を見つめ続けてきた。 女性歌人の会「火の会」をつくり、会員たちと県内外を訪ね作歌に励んだ時期も。みなぎる創作意欲は、中国の少数民族が暮らす深山にも足を運ばせた。その源は常に意識してきた「学びの姿勢」。 ・足るを知る山岳の民川の民松葉いぶしのいのりつましく ・古池に流れぬ水のあをみどろ ひと代の錯誤泛(う)くごとくして(第6歌集「あをみどろ」から) 92年に県芸術文化報奨、98年県文化賞を受賞。2005年には文部科学省地方文化功労者表彰。県歌人懇話会顧問。同人誌「真朱(しんしゅ)」を主宰し、後進の指導にも力を注いでいる。 「作品は自分との勝負。それを忘れたら駄目。歌には妥協しないし、会員にも厳しいのですが、皆さんついて来てくれました」と話す福井さん。 「この場所にいて、ただ夢中で短歌をやってきただけですが、一番欲しかった賞がいただけて本当にうれしい」と喜びを語った。
◎歌に生き方を見るく(佐々木 達司さん=県文芸協会出版部長)福井緑さんには6冊の歌集がありますが、同じ主題で何首かまとめた連作の形をとっています。木が集まって森となるように、連作もまた物語をつむいでいます。「小説を書くように歌を書く」のです。 中国にたびたび旅行し26の少数民族を訪ねています。そこには、日本にもかつてはあった、通い婚や質素な暮らしが残っています。それが歌集「濾沽湖(ろここ)」となりました。国の行くすえにも厳しい目を向けます。女学生時代、軍国少女として国家に従った悔いから出たものでしょう。そこに「歴史と切りむすぶ短歌を」という、福井さんの生き方を見る思いがします。 2冊の随筆集も、文才をうかがわせます。今回の東奥賞受賞を心から喜んでいます。
演目は、修験者の行法を基に猿楽や田楽など中世芸能の要素を取り入れ創作されたとあって実に多彩。権現舞、儀礼舞、武士舞など約30に上るという。 1989年に国重要無形民俗文化財の指定を受け、日本を代表する伝統芸能としてフィンランドや韓国などで海外公演も行った。 戦時中も途絶えることなく続けられてきた能舞だが課題もある。師匠たちの高齢化と後継者不足だ。 東通村蒲野沢集落の蒲野沢青年会は、子ども会を通じた継承活動を熱心に続けてきた。地区の「山あいの里」で行われた稽古では、舞い手の所作に、師匠や仲間たちが厳しい目を光らせる。場の空気が引き締まり、本番さながらの厳しさだ。 青年会長の賀佐貴彦さん(39)は「能舞は心のよりどころ。次世代にバトンを渡すのが使命」ときっぱり。 「自ら弟子を見いだす師匠たちの実行力も大事。昔の演目も復活させたい」と話すのは、東通村郷土芸能保存連合会長を長く務めた下北の能舞保存連合会長の蒲茂さん(69)。 「国の指定を受けたからには絶対絶やせない。互いに助け合い、さらに連合会を盛り上げていかなければ」と、伝承者の思いを代弁する。
◎無形遺産 夢でない(加藤 兼作さん=東通村郷土芸能保存連合会副会長)下北の能舞保存連合会はじめ関係者の皆さん、おめでとうございます。受賞は能舞伝承団体はもちろん、われわれ神楽・獅子舞の伝承団体にとっても大きな喜びであり、今後の団体活動の励みになります。これまでの先人・諸先輩方の努力に対し、あらためて敬意と感謝を申し上げます。 歴史と伝統ある下北の能舞は全国的に高い評価を得ているほか、海外公演も行っており、ユネスコの無形文化遺産登録に十分値すると思います。伝承者の高齢化や後継者不足の課題を乗り越え、伝承団体はじめ関係者一丸となり、活動を継続していけば、登録は夢ではありません。今回の栄誉を契機にさらなる躍進と伝統芸能の継承にまい進されることを期待しています。 |
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