東奥日報 東奥賞


第62回東奥賞

 東奥日報社が産業、学術、文化など各分野で活躍し、本県の発展に功績のあった人や団体に贈る第62回東奥賞が決まった。今年は歌人の梅内美華子さん(39)=八戸市出身、東京都=と、十和田市現代美術館に贈られる。梅内さんは旺盛な作歌活動の傍ら、若くして中央歌壇で選考委員を務めるなど、気鋭の歌人として高い評価を得ている。十和田市現代美術館は現代アートの体験空間を、日本の道百選・官庁街通りの景観と一体化させる斬新な手法で創出し、まちづくりにも寄与している。贈呈式は12月5日午前11時から、青森市のホテル青森で行われる。


東奥賞
  ▽ 歌人・梅内美華子さん(八戸市出身・東京都)−旺盛な作歌活動の傍ら、若くして中央歌壇で選考委員を務めるなど、気鋭の歌人として現代短歌界をリード
  ▽ 十和田市現代美術館−現代アートの体験空間を、日本の道百選・官庁街通りの景観と一体化させる斬新な手法で創出し、まちづくりにも寄与



■ 「短歌は詩」思い強く
  梅内 美華子さん(八戸市出身・東京都在住 歌人)

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「言葉は絵の具と同じで組み合わせによっていくらでも個性的になる」と語る梅内美華子さん
・生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ

 =第1歌集「横断歩道(ゼブラ・ゾーン)」から

 1991年、同志社大学3年生のときに、歌壇の新人登竜門・角川短歌賞を受賞、一躍注目を集めた。

 八戸市に生まれ、八戸小学校の文芸クラブで短歌を始めた。百人一首が好きで「幼いながら雅(みやび)な世界を感じた」と振り返る。八戸二中時代は同市の「国原」で稲垣道さんの指導を受けた。八戸高校へ進み、3年生のときに歌人・馬場あき子さん主宰の「かりん」へ入会する。

 そのころ大きな刺激になったのが俵万智さんの作品。新しい時代が来ている−と感じた。角川短歌賞受賞の3年後、第1歌集を出版した際は“ポスト俵万智”といわれた。

 30歳の直前、第2歌集を刊行する。

・抱きながら背骨を指に押すひとの赤蜻蛉(あかあきつ)かもしれないわれは・ひと泣きしてたっぷりとまた食べに来るきつねうどん あなたも食べていますか

 =第2歌集「若月祭(みかづきさい)」から

 繊細で鋭敏な感覚。「20代後半から30代にかけては恋愛、結婚、仕事…女性としてどう生きていくか、人間と人間の距離感に悩みながら歌をつくっていた」

 古典の勉強を積み、年齢や体験を重ねるにつれ作品は変化。第3歌集(2003年)、第4歌集(06年)では故郷、肉親、家への意識が強まる。

・追悼のための国歌をわれら持たずはるかな目をして<アメリカ>を聴く

 =第3歌集「火太郎(ほたろう)」から

・満ち満ちて李朝白磁の大壺はおのづから割れるときを夢みる

・月のなき夜の深みに帰りゆくねぶたは胎内のともしび消して

 =第4歌集「夏羽(なつばね)」から

 自分はどこから来て、どこへ行くのか−近年はそんな普遍的な命題に思いを巡らすようになったという。

 歌人としての活動は広がりを見せている。雑誌「歌壇」に08年から「鑑賞・現代短歌 寺山修司」を連載。20回にわたり、寺山の100首を鑑賞、このほど完結した。「寺山の想像力、構成力は素晴らしい。お手本です」。縁あって横浜町の横浜中の校歌を作詞したことも。

 08年からは角川短歌賞の選考委員の一人に。「自分がデビューした賞ですから責任を感じます。若手だと思っていたら、さまざまな仕事を任されるようになり、自分も中堅なんだなあと実感しています」  ずっと持ち続けているのは「短歌は詩である」という強い思い。常とう的な言葉遣いに陥らず、ステレオタイプの感性ではなく−。来年は新しい歌集を出す予定。どんな短歌世界を切り開いていくのか、期待はますます膨らむ。

写真 ◎思いやりと放胆さ同居(馬場あき子さん=歌人)

 青森の八戸で高校までを過ごした梅内美華子さんが「東奥賞」を受賞された。心からおめでとうと言いたい。

 梅内さんは同志社大学在学中に応募した短歌作品50首で「角川短歌賞」を受け、学生歌人として注目されたが、第1歌集「横断歩道(ゼブラ・ゾーン)」は歌人協会新人賞にかがやき、才能豊かな新星として活躍が期待された。

 これまでに4冊の歌集をもち、テキスト「NHK短歌」に連載したり、「角川短歌賞」の選考委員をつとめるなど期待どおりの活躍ぶりである。

 何より梅内さんの魅力は東北の女らしい優しい思いやりと、度胸のすわった放胆さとが同居していること、故郷を愛し、家族を大切にしていることだ。「東奥賞」の受賞を機に、いっそうその作風を磨いて、幅広く活躍していってほしいと思う。



■ アートと街を一体化
  十和田市現代美術館

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足下に絵画作品が広がるカフェで村山館長(前列中央)はじめ美術館の運営を支える職員、ボランティアスタッフたち
 昨年春以降、十和田市中心部にある日本の道百選・官庁街通りに変化が現れた。団体客がバスで乗り付け、休日になると若者や家族連れでにぎわう。その行き先は通りの一角にある十和田市現代美術館。2008年4月の開館から約1年半で、同市を代表する観光スポットとなった。

 美術館整備のきっかけは、公的機関などの閉鎖で沿道に空き地が目立った官庁街通りの景観再生だった。

 市は通り全体を美術館と見なす「野外芸術文化ゾーン」構想を打ち立て、現代美術館はその拠点施設と位置付けた。

 作品の収蔵をメーンとするのではなく、現在活躍中の現代アート作家の作品を常設で展示するという、地方の美術館の概念とは一線を画した。オノ・ヨーコさんや、将来有望な中堅、若手など国内外の作家21人が選ばれ、計22点の作品は空間全体を使って表現する「インスタレーション」の手法が多く取られた。

 建物は複数の若手建築家が提案した企画の中から、西沢立衛さんの案が選定された。金沢21世紀美術館(金沢市)などの設計を手がけ、海外からも高い評価を受けている西沢さんは、作品ごとに独立した展示室を持ち、それらをガラスの回廊で結ぶユニークな建物を提案。官庁街通り側の展示室は一面ガラス張りの開放的な造りとし、アートと街の一体化を狙った。

 誰もが大きさ、リアルさに驚くロン・ミュエクさん(オーストラリア)作の高さ4メートルの女性像「スタンディング・ウーマン」など独創的なアート作品、斬新な建築がメディアで取り上げられ、全国から関心を集めた。開館以来の来館者は延べ32万人に上る。

 企画展では作品の一部を中心商店街に展示する試みも始めた。商店街関係者や美術館ボランティアの協力もあり、美術館の来館者が街中に流れ、空洞化が進む商店街に新しい風を吹き込んでいる。

 「県南地域の一都市にすぎなかった十和田市が、美術館を通して全国に輪が広がっている。新渡戸家の開拓から150年。今後100年はアートを組み入れていき、それが地域活性化につながれば」と村山康子館長は期待する。

 来春には官庁街通りで整備中の野外アート作品がすべて完成し、現代美術館を中心とした野外芸術文化ゾーンが全面オープンする運びだ。

写真 ◎地方美術館の新モデル(南條史生さん=十和田市現代美術館運営委員会委員長・森美術館館長)

 美術館は経済、政治、文化など、さまざまな要素が結集して形になる。なかなか一つのコンセプトを持ってできることは難しい。

 十和田市現代美術館は、それが非常にうまくいった例だ。建築も作品も「開かれた美術館」という明快な方向性を持って出来上がった。常設展をベースに長い視点で人を呼ぶという、地方都市の新しい美術館のモデルをつくったとも言える。

 一方、外国から日本の重要な美術館を考えたとき、いい作家、新しい発想の建築という点でトップ5に入る、日本を代表する美術館になっている。大変期待しているが、美術館は完成して終わりではない。どう発展し、市民と関係を結ぶかが大事だ。十和田では最近、美術館を基点に街の中で市民と交流しながら展覧会をやっている。これも新しい概念。他とは違ういい例となる道を歩み始めているので、市民、県民の皆さんは長い目で支えてほしい。




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